| 2001年12月30日 主日礼拝 第2テモテ 第4章第1〜8節 「走るべき道のり」 “池田 博師” 宣教メッセージ |
| 今日の御言葉は第2テモテ4章1〜8節,新約聖書の382ページです。
はい、聖書は以上であります。1年がこう終わろうとして、今日は、最後の礼拝、年末の感謝礼拝として共に捧げられるこの日を本当に感謝したい、喜びとしたいと思います。 時が過ぎると言うのは、当たり前でありますが、しかし、その時の流れの中には、私たちには、様々なそれぞれの記憶が刻まれていきます。その刻まれる記憶の1つ1つを振り返ると言うことは、とても大切なことだと言うふうに思います。1年の終わり、それはその振り返る節目として、とても大切なことだと思います。 そして、振り返ると言う時に、色んな振り返り方があるかなあと思います。ごく自然な振り返り方をするならば、矢張り私たちは心に残る、どちらかと言うと傷とか痛みとか嫌なことが思い出されてしまうのかなあ、と言うふうに思います。まあ、勿論それらが無駄でないわけでもないですけれども、しかし、大切なこととしては、私たちは恵みに目を留めて振り返ると言う方が大切だと言うふうに思います。 今日は、そう言ったことを中心に共にみ言葉に耳を傾けながら、お互いを振り返ってみたいと思います。よく物事を色眼鏡で見ると言い方をしますね。でも、これはあまり良い意味で使われていない。まあ、偏見で見ると言うふうに訳せると思うのです。でも、ことを分かり易く言う意味で、恵みと言う色眼鏡を掛けて1年を振り返って見ると言うことです。 まあ、そんなふうに考えたい。あるいは、恵みと言うチャンネルに合わせて、1年の様々な出来事、経験と言った物にスポットを当てて見ると言うことでもあるかなぁと思います。そのように見た時に1つ1つ不思議に、そこから引き出される、それが浮き上がってくる。そう言うふうに思います。 私も未だ全部終わってないのですけれども、1年を振り返って見た時に、ふと、自分の日記帳を振り返った時に、皆さん、今年の1月の21日(日)、この次の28日(日)。その日に向けてなぜか雪が降りまして、そして、礼拝人数がぐっと減ったのです。雪が降ると人数が減るなあと言う感じでありましたけれども、でも、私は恵みと言うチャンネルーその目ーで見た時に、私の中に2つのことが浮き上がって見えてまいりました。 それは、1つその雪の中で、この雪の中で最早、車が上れないだろうと言う、でも礼拝を大切にし、主に会うことを大切にし、礼拝を決して休まないで教会に来た人達がしっかりいたと言うことです。メンバーがいたと言うことです。ああ、これは素晴らしいなあ、と言うことが心に留まりました。 それから、もう1点、その前の夜中にかけて、ある人達は、明日凍るであろうことの前に、雪かきを12時過ぎまでやっていた。汗を流してやっていた人達がいた。そして、当日朝早く車が来るであろう、その人達のために、ちゃんと道備えをしていた人達がおりました。そのようにして、仕える奉仕する人達がいた。それは私の心を、ああ主に仕えるそうしたメンバーのいること。本当に嬉しく感謝しました。 恵みがその中に熱い思いを持って浮き上がってまいりました。本当に感謝したことでありました。恵みで見る目の大切さ。この1年を振り返って、それぞれが、色んなことがあったのかなあ、と思いました。 ごく最近のことで、ある方が病気に倒れてとても辛いところを通りました。でも、その病気に倒れたことを通して、強く神のことを考えるようになりました。これは先日クリスマスに洗礼を受けられた矢島義博兄弟が、感謝の交わりの時に話しておられました。兄弟はその時にこんなことを言っておられました。とてもずっと健康でスポーツが好きで、自由に色んなことをして来た。ところが2年前、突然大動脈剥離と言う、もうなにかとんでもない病気になってしまって、一時どうなるかと言う危機を通ったんですね。 でも、その危機の中で、自分は今まで殆ど考えもしなかった、神様のことを考えるようになって来た。それに合わせるかのように、長男太郎夫婦が北海道から戻って来て、そして、この本郷台キリスト教会に集うようになった。自分は自然に一緒に教会に来るようになって、そして、2年近くの時間は掛かったけれども、今日このように洗礼に与ることが出来てとても嬉しいです。とそう証しをしておられました。 まあ大きな病気をすると言う辛い痛い経験でありましたけれども、でも、その中から素晴らしい恵みを発見した。その恵みを心に刻むことが出来た、と言うことで、ああ、こうして本当に、私たちの人生の色んな経験の中から、でも、よくもう1つ掘り下げて見た時に、そこには、より素晴らしい恵みが隠されていた、あるいはそれを発見出来ると言うことです。 いつも申し上げておりますように、1年最後には振り返って、年の数だけの恵みを数えましょうと言うことを、申し上げるわけであります。まあ、皆さんも、今年もそれをして頂きたい、そう思います。 私も、今(バインダーから)外して持って来たわけですが、5〜6年分のものを持って来て、色んなことが、とっても改めて、ああ、このことも感謝だったんだなぁ。このことも恵みだったんだなぁ、と言うそんなことを、色々と、いま1度心に刻むことが出来た時に、思い起こすことが出来た時に、何か不思議な喜びがわいてきます。 ふっと、1995年の第1の私の恵みは、ミッション3000の大事なスタートの年、第1日が主日で始められた。感謝だった。そう思うんですよ。ああ、そうだったんだ。そう思いました。小さなことです。でも何か摂理の中に主は、ミッション3000のスタートをめでてくださったんだなぁ、と言うようなことでもって、感謝感動を新たにするのです。 矢張り1つ1つ新しい目で見ると言うことの素晴らしさを感じるわけでありますけれども、それは皆さん、恵みを心に留める。私は先程招きの言葉で読みました。詩篇103篇の中であります。特に2節に「主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」とあるわけです。この忘れるなと言うのは、記憶を薄れさせるな、と言う意味が1つあると言うことなのです。 私たちは忘れる動物、人間は忘れる存在です。ですから、記憶を薄れさせるな、と言うのは、やっぱり記録することが大事だと思います。この1年を振り返る時にただ記憶だけをたどっていたら、やはり皆さんこれは限界があります。いくら若い人でも、そうそう3月21日は何があったかな、と言ったって思い出せないのです。 私たちは記憶だけに頼ったらいけないし、もう1つのこととしては、記憶を軽視するなと言うことが言われているのですけどね、そう言う意味があると言うことです。1時の感動で終わらせてはいけない、と言うことが、そこから言えると言うことが書いてありました。その時は恵みとして感動する。でもその感動が時が過ぎて行く中に埋もれてしまって、隠れてしまって、そして、記憶のかなたに行ってしまうと言うこともある。そうしてはならない。「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」と言うことにおいて大切だなあと思います。 も少し具体的なことを、皆さん、今年も触れるのですけれどもね、皆さんは、その忘れないことのために、どうふうなことをしておられるでしようか。1番簡単なこととして、出来ることとしては、まあ、書き込みカレンダーと言うのがあります。あれに記録する。あれはとても良いです。 私も30年、ここに来て32年なのですが、32冊全部取ってあります。書き込みカレンダーは終わったら、捨ててしまったら駄目です。書き終わったから、年を越したらいらないじゃないです。記録したからこそ大切です。きちんと取っておくことが大切です。振り返るから、思い起こされます。あるいは手帳です。今システム手帳とかありますけれども。そう言う中にきちんと記録だけでもしておくことが大切かなぁと思います。 私は数年前から、ダイアリーですね。何年も一緒に書けるダイアリーがあったら良いなぁと思っていたら、3年ほど前に見付けたのです。3年ダイアリー、5年ダイアリー、長いので10年ダイアリーに1つで書けるのがあるのです。 10年のを買おうとと思ったのですけれども、10年も持っていたらボロボロになってしまうかなぁ、と思って3年にしました。私はその3年を使って日付を見て、ふっと上を見ると去年のことがそこに書いてあって、ああ、去年の今日、こう言うことがあったんだなぁ、と1つ1つ思い起こされて、それも素晴らしいなぁ、と思いました。 日記帳と言うと皆さん、朝から起きて何をした、かにをした、と書き出すから3日坊主で終わってしまうのですけれども、そう言うことではなくして、矢張り、皆さん、グレース・ダイアリー、恵みの日記ですよ。 あったことを、箇条書き、一言でいいですよ。あんまり色々なことを書こうとすると、矢張りそれは、1日書けなかったら、書くことが何となくおっくうになる。そうでなくして、箇条書きで、ポッポッと書いて置くのです。そうすると、1月21日大雪であった。礼拝が少なかった。と書いてあったんです。そうあったんだけれども、思い返して見たら、いや、そうではなかった。先程言ったようなことで、もっと恵みとして事実が浮き彫りにされて来る。そう言うふうにして1つメモがあると、そこから、引き出されて行くのです。 恵みと言うチャンネルに、ぽっと合わせてみると、そこから、見えて来るものがある。そう言う大切さ、それが、「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」「主はいつでもあなたに最善を、いつでも良きを計らってくださるのです。」と言うことをその時、気付かなくても、後で気付くこともあって、その時は、自分のその感情でしか見ていなかったが、別な時に別な目で見た時に、ああ、そうだっんだ。ああ言うことがあったのだ。と言うふうにして見ることが出来る。そう言う目で見ると言うことの大切さ。 今、ダイヤモンドの光り、を毎週書いております。細かいこと1つ1つ、私はこうやって、読んでくださって、お分かりかと、思うのですけれども、今、平和台の土地を買うことの話しを書いています。デストマ先生をわざわざ来て頂いて、泊まって頂いて、そして、ドイツに電話を掛けて頂いた。あの時の光景が、私の一寸したメモの中から、呼び覚まされて、開かれてまいりました。 ここには書いていないのですが、何と10分ドイツに電話を掛けたら、私の記憶の中から引き出されたことなのですが、皆さん、約7千円掛かったのです。当時の外国の電話はどんなに高かったか。今でも安くないですが、当時の7千円はとっても、もう30年も近く前の話しですから、大変な金額だったのです。 でも、そうせずにはおれなかった。色んなことが思い出され、しかも、この出来事から先に、私に取ってはとっても、苦い辛い経験が私に降りかかってまいります。これから、それに触れなければいけないのですけれども、しかし、その1つ1つも今振り返って見た時に、辛い中から苦い経験の中から、得るものが大きかかったなぁ、と言うようなことを覚えるわけであります。 振り返ることの大切さ、心に留めることの大切さ、そして、それを恵みのチャンネルで見た時に、感謝に変えられて行くと言うことです。今日のみ言葉に目を留めて行く時に、先程読ませて頂きました、第2テモテ4章の後半部分に目を留めたいのでありますけれども、先ず6節にこうあります。「 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。」この?テモテの手紙は、パウロの最後の手紙、さらに、彼が殉教する直前の手紙でもあると言うことであります。 ですから、「私が世を去る時はすでに来ました。」これは間もなく殉教すると言うことを予感していた。更には主の啓示によって、そのことが彼の中にはっきりしていた。と言うことであります。そうした危機的な状況を彼は迎えているのでありますけれども、でも、その時に彼はこう言うふうに言うのです。 次の7節「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。」皆さん、重みのある言葉ではないでしょうか。今いわば自分の人生の締めくくり、最後の時、もう終わりがそこに来ている。と言う時です。振り返る過去に目をやった時に、そこには、自分は勇敢に戦った、走るべき道のりを走り終えようとしている。そして、私は信仰を守り通した、と、こう言える、ここまで言えるパウロの生きざまと言いましょうか、パウロの人生、パウロの来し方を、こうして見る時に、いや、素晴らしいなぁ、とこう思います。 同時に自分はどうだろうか、と思った時に、何かあまりにも落差があると言いましょうか、何かそんな思いにもなります。そして、さらに8節に目を移しますと「今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。」とまぁ、ここまで言っている。 パウロのこの信仰、パウロのこの胸中と言うのは、素晴らしいなぁ、と思いました。そこには、自分のいたらなさもそこには、さらされる思いもするのでありますが、でも、パウロは次にこう言うことを忘れていないのです。「私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」とこう言っている。 パウロは私のように走って来たものには、同じように栄冠の冠が用意されているよ。とは言って言ないのです。そうでなくして、「主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」 皆さん、こうあるのです。パウロはその生きざまからするならば、彼ほどに徹底して、彼ほどに勇敢に主に生きた人はなかった。でも、彼はそのように生きたからこそ、そう生きるものにしか、与えられない特別なものだと言って、栄冠の冠を誇りつつ、そして、それを後のものに強いているのではなかった。 彼の中には、そう自分が生きることが出来たのは、そうさせてくださる主がいてくださったからだ。そこまで、引き上げてくださった方がいたからであって、私の何かでなくして、私が特別であるのではない。パウロもその意味で言うならば、第2テモテの手紙の1章15節を見るならば「私はその罪人のかしらです」と、このように、自分を実感し、振り返っている。そのようなものでしかない。そして、そんなものだからこそ、こんなものが救われたからこそ、私は私の主を知った後の人生は、主が生かされた故に、主に全てを捧げて、ありったけの、全力を以て主に仕えて行こう。 彼は救われた恵みの中で、そして、主を慕う熱い思いの中で、生きた彼の後半生ですね。ですから、ここで彼は私だけでなくして、「主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」と矢張りそう言わないではいられなかった。そこに主の憐れみと恵み、それが、ただパウロだけでなく、「主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」と言うその視点を決して忘れていない。 恵みと言う視点からずれていないがために、彼がそうなったのは、ただ主の恵みの故である、と言うことがはっきりとしていた故にこそ、彼はそこから、ずれてはならない。人を比較して、更に人を下に見て、自分ほどの熱心でないものを、裁くその目。そんなことではなく、彼は只々憐れみと言う中に自分は今ある。それ以上ではない。その自分を決して見失っていない。恵みと言うチャンネルに自分をきちんと合わせている。その姿を見るのであります。 それは又私自身の内側に熱い思いとして、注がれて来たのであります。昨日、早天祈祷会で、高井姉妹が証しをしてくださって、とても、心に残りました。姉妹は、この同じ4章の2節を中心に、証しをされていました。姉妹は、もう自分は間もなく死のう、迎えが来るであろう。まあ、そう言わなかったのですけれども、でも、後数年だと言っていました。だから、私は鈍行ではない。急行で走り抜かないと、いけないのだ。 だから、み言葉を伝えたい。そのみ言葉を伝えることにもっと熱心になりたい。でも、熱心になろうとすればする程、自分の中にそうさせないものが働いていて、伝道しよと思うけれども、いや、この人は聞いてくれるだろうか、大丈夫だろうか。いや、拒絶されるのではないだろうか、いや、未だ時ではないんではないだろうか。色んな思いで躊躇する。 暫く前に、ご自身の墓参りをし、そして、尾道の娘さんのご主人の大学に行かれた。その帰り、新幹線に乗る時に、ふと、ああ、福音を伝えたいと言うそう言う思いが起こって、そして、困っていた時に、ああ、この人に伝えようとそう思った。で列車が止まって乗って座ったら、その前にその人が座っている。 ああ、これは主が備えてくださったのだ。そう思って、どう言うふうに切り出したら良いだろう。何を語ったらいいだろうか、どう言うふうに語り出そうか、とじっと見ながら考えたそうです。そうしたら、その人が察知したのか、何かとっても嫌な顔をしていた、と言うのです。そして、その嫌な顔を見たら、いや、これは語らない方がいい。語れない。そんな思いになったそうです。でも、そんな思いになった。 その先に、いや、そうではない。急行列車で走らなければならない自分だ。時が良くても悪くても、語りなさいと主は言われたのだ。その押し出しを頂いて、励ましを受けて、そして、語り出した、と言うのです。そしたら、最初の中、案の定、何かこう嫌な顔をしながら、まあ、聞いていた、と言うのです。でも、段々、姉妹が今ある平安、そして又信仰の恵み、そして、イエス・キリストの愛、そんなことを少しずつ語って行った時に、その人の心が段々と溶かされているのを感じて来た。伝わって来た。と言うのです。 そして、おもむろに口を開いて語ったのは、自分は中学高校とミッション・スクールに行っていた。そう言うことを語って、そして、更にはハンド・バッグをごそごそやりだしたので、何をするのかなぁと思ったら、そしたら、中から名刺を出した。そして、名刺をくださった。その人は高校の教師をしている方だ、と言うことが分かった。そして、終いは教会案内、トラクトを上げて、そして、そこに証しが出来た。と言うことでありました。その証しを伺いながら、ああ、本当に主の恵みをそこに、分かとうとする、そこには、主がいて下さるのだなぁ、と言うことを感じました。 私もそんな経験を、実は金曜日の日に、朝日平和台の方、ある方とばったり本郷台の駅で会いまして、お互いに不思議で、まあ、いつも、お早うとか今日は、とかそんな感じだけで挨拶して、それ以上話をしたことはなかった。でも何となく関心のある方がたまたま座って、東京に行きますとのこと。私も東京まで行きます、池袋まで行った日だったのですが、一緒に約1時間色んな話をしました。 とてもその方も関心を持っていてくださって、教会が発展しているのですねぇ、別なところにも新しく出来たそうですね。と言うところから教会の動き、発展にとても関心を持っておられて、どんなことをしているのですか、と言うところから色々話しをして行く中で、ああ、いいですね。池田さん、どうしてそう言う道に入ったのですか。と言うことでむこうから聞いて来られました。 それで証しをしました。自分の人生、色んな生き方があった。でも、ある時、自分の人生、自分がしたいことをする人生でなくして、自分にこうして信仰の目を開いてくれた神様のために自分の人生を捧げて見たい。そんなふうに思って私はこの道に進んだのです。いたく、心に留まったようでありました。ああ、こうして動かしてくださるなぁと思いました。そして、教会の働き、人々の生きざま、それがこうして刻まれているのだなぁ、と思いました。 私の家の隣に老人が二人で住んでおられます。ある時に、そのご主人が入院なさった。どうも、入院なさって当然ショックを受けたのですが、その入院した病院から自分で帰って来られたようです。でも、心がパニック状態だった。そのために、平和台の教会の前で茫然とそこに立っていて、自分の帰る家がどこか分からなくなっていた。 茫然と立っていた時に、偶々細沼恵姉妹が自分のところに帰ろうとして、ふっと教会を出た時に。立っている人にどうかなさいましたか。と一声掛けた。そして、自分の家が分からなくなったと言うことから、彼女は自分の車を持って来て、その車に乗せて、どう言うところですか、とあっちこっち廻って行った時に、よく分からなくなった。 そして、最後にこう言った。家の前には池田さんと言う牧師が住んでいる。そうですか、じゃあ直ぐです。それで送り届けたと言うことです。そして、直ぐに電話が掛かって来たのです。今日は本当に助かりました。もう、どうなっているか分からなかった。でも、お宅の天使のような方が私を案内してくれたのです。そして、昨日も同じ方が来られたのです。それは、今度は彼女がクリスマスにカードを持って行ってあげたのです。そのお礼です。 皆さん、主にあるものが知らないところで、見えないところで小さな、一寸した親切でしょうか。その1つ1つが主に覚えられている。イエス様もマタイの10章42節にこう言っておられます。「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに水一杯でも飲ませるなら、まことにあなたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません」とこうあります。そ して、私たちは恵みを求めながら、恵みに感謝しながら、歩む時に主は更にその恵みを通して私たちに主を証しすることが出来るチャンスを与えてくださると言うことです。この1年皆さん、恵みに目を留めたいのです。そして、1つ1つその恵みを深く感謝して行く時に、恵みは更に豊かな恵みの世界へと私たちを引き上げてくれます。 もし、私たちが恵みと言う目をしっかりと持たないで振り返るならば、嫌なこと、辛いことだなぁ、1年何も恵みはなかったなぁ、と言うふうになって行った時に、それはつぶやきで終わってしまう1年。でも、恵みと言うチャンネルにきちんと目を合わせて行った時に、そこから1つまた1つと恵みが発見されて、そして、1年が恵みで覆われる。 同じ1年です。でも、どう言う目でそれを見ますか。どう言う心でそれを受け止めますか。それがあなたを変えて行きます。そして、主はその恵みに留めるあなたの心をどんなに喜んでくださるでしょうか。その恵みは、あなたをより豊かなあなたへと変えて行きます。新しい1年が更に恵まれた1年となるために、この1年恵みにしっかり目を留めたいのです。 お祈りを致します。 天のお父さま、今日このようにして、1人1人の懐にあなたは光りを当て、目を留めてくださいました。 |