| 2002年1月6日 主日礼拝 イザヤ35:10 「収穫の年」 “池田 博師” 宣教メッセージ |
| 今日は新しい年の第1の主日でありますので、この年に与えられた標語の御言葉から、共に主に聞いて行きたいと思います。御言葉はイザヤ35:10、旧約聖書の1082ページです。ご一緒に読んで見たいと思います。
はい、以上です。標語のみ言葉としては、前半の3行にいたしました。デコレーション・ミニストリーが、もう半徹夜して、大変綺麗なものを作ってくださいました。感謝です。 このみ言葉が私たちに与えられた大事なビション、目標であるわけであります。皆さん方、それぞれが、そこから聞いて行きたいと思いますし、又個人的に皆さんが主の前に出て、み言葉もそれぞれの1年の目標として頂く。これも大事なことでありますので、共に主に聞いて、この1年が祝福の1年となるように、共に主の前に出たいと思います。 皆さん、新しい年を迎えて、色んな思いを持っておられるかなぁと思います。私も鎮まっておりますが、まあ、テレビとか新聞とかを見ておりまして、世界が今どう言う動きかなぁ、と言うことも大事かなぁ、と思って見ているのでありますけれども。何と言っても、今大きなニュースは、アフガニスタンのあの戦争がほぼ止んで、そして、平和が訪れたと言うニュースが賑わしているのかなぁ、と思うのです。 まあ、以前は、爆撃のニュースばかりだったのですけれども、それが終わって、兎にも角にも平和が来た、その平和が来たと言うことを喜んでいる、その市民の笑顔、期待に溢れる笑顔、何か嬉しいものを感じるのであります。でも、同時に戦争がもたらす悲惨さが、そこにはある、と言うことを改めて感じます。 まあ、平和は嬉しい。2度と戦争はしたくない。永久の平和を私たちは望んでいる、と実感を込めた、その言葉が飛び交っております。映し出される町の様子、国の様子は本当に荒廃し切ってしまった、荒れ果ててしまったと言う状態です。しかも、住む家もなく、食べる物もないと言う、まあ、そうした難民が人口1,800万のアフガニスタンに300万位いるであろう、と言うそう言うことです。 ですから、援助物資が持ち込まれると、我先にと、そこに飛びつくようにして、食糧を求める姿を見る時に、本当に何か胸が痛む気がいたします。ある時、ある光景が私の心に焼き付いたのです。それは1人の10才位の少年でしょうか。何か砂漠の中のような道のようなところに、スコップ1つを持って、そして、砂利を運んでいるのです。そこに取材の多くの人達が集まって、何をしているのか、と言ったら、そしたら、自分は道路に穴の開いたところにそれを埋めて、そして、道路を修理している。だから、チップをくれ、とこう言っているのです。 それは、こう少年ながらに、まあ、賢いやり方と言うのでしょうか、智恵があるな、と思うと同時に、私は涙が出る思いが致しました。多分家を失って、両親もない、1人の少年が自分がこれから生きて行くために、見つけ出し探し出して、そして、生きようとしている、痛ましい程のその情景が、私の心に刻まれたことでありました。 そうした、今平和な日本では、豊かな日本では考えられない光景が、そこにあります。私は自ずから自然にアフガニスタンのために祈らないではいられない、祈りがそこから引き出されてまいりました。まぁイスラエルの敵の国であります。宗教的には、とても厳しい状況のアフガニスタンでありますけれども、でも、矢張り魂、人々、その生活、それらを見た時に、何かこう祈りが引き出される思いがしました。 そして、祈っている中に、私に1つのみ言葉が響いてまいりました。それは、イエス様の語られた言葉、そして、私もよくそこを引くミッション3000の基本になっているところでありますけれども、イエス様が群衆を御覧になって、そして、飼う者のない羊のようにさまよい果てているその姿を御覧になって、深く憐れまれた。あの、み言葉であります。ああ、あのアフガンの人達に対してイエス様は、同じ目、同じ心で見ておられるんだろうか。そんな思いも致しました。 そして、私も祈っている中に、今度は私の祈りが更に引き出されたと言いましょうか。確かにアフガニスタンは実質的に、荒廃し切った状況にあるけれども、1度日本の状態を思った時に、それは、豊かな国である。比較にならない豊かさがある。けれども、心の状態を見たら、どうなんだろうか。日本も確かに表面的には豊かでありますけれども、心は貧しい。心は荒れ果てている。霊的に言うならば、もう荒廃し切っているではないだろうか。 そんなことを思わされました。そして、ああ、イエス様は、アフガンの人々への涙の祈りと共に、そして、又日本の心の荒廃し切った状態、霊的に不毛になっている。この状態に対しても、同じ涙のとりなしをしておられるだろうか。そんなことが、私の胸に迫って来たことでありました。 新しい年に対して、み言葉が与えられたのでありますけれども。そのことに今日は触れるのでありますけども、私は状況を見た時に、私自身の心の中に、主がそうした、1つ1つの今の世界の動き、今の日本の状態、そして、更には、あなたは、あなたの置かれている教会に対して、あなたの置かれている地域に対して、どうなのか、と言うことが迫られたことでありました。そして、私は今年の御言葉をもう1度、見上げた時に、色んなことが、私の中に思い起こされて来たことでありました。私がこのみ言葉に導かれるには、幾つかの要因がありました。 その1つは、もう1つ古い話になるのですけれども、私がここに赴任して、間もなくの頃から、熱心に礼拝に集って、そして、又私のことを、開拓の貧しい時代を一所懸命援助して、助けてくれた、おばあちゃんがおりました。このおばあちゃんが、あんまり体が丈夫でないと、言うこともあって、毎週、私は訪問していたのです。 そして、交わりをしながら。おばあちゃんが子供達のために、と言って、まあ、お魚屋さんをしていて、その魚をくださったりして、子供達の生活の助けを与えられたことでもありました。でも、私がちり紙交換をするようになって、毎週、訪問出来なくなって来ました。やがて、このおばあちゃんが、礼拝に来れなくなってきます。 私は、そのことが、心に掛かりながら、お祈りをして来たのでありましたけれども、でも、ずっと、年月が流れて、つい、暫く前に、私は長男聖献がアメリカがら戻って来て、そして、仕事も安定して来て、これから、と言うことになった時に、ああ、そうだ。おばあちゃんに色々助けられた。こうして、お陰様で成人して、一人前になった。そのことを感謝の報告に行こう、と言うことで家内と2人で、お店に行った。聞きましたら、おばあちゃんは、既に召されていました。ささやかに、家族だけの葬儀をしました。と言うことを聞きました。 私はとっても心が痛みました。かつて色んな意味でお世話になって、そして、又洗礼を受けて主の元にしっかり立っていた、そのおばあちゃんが、十分な訪問が出来ない中で、やがて知らないところで召されている、と言う現実を知った時に、私は本当に心が痛みました。あなたは自分の魂、自分の羊に、どれだけ心を砕いているのか。私は本当に主の前に悔い改めさせられたことでありました。 そして、私は改めてとりなしの祈りを、主の前に何か悔い改めの中から迫られた。そして、その悔い改めの祈りから、とりなしをして行く中から、神様又1つ又1つと不思議なことをしてくださいました。昨年夏に、偶々私は、その日は他の教会の奉仕をしていたのですけれども、並木じゅん子さん、彼女が礼拝に来られた。その並木じゅん子さん、元高橋じゅん子さんはとっても熱心な姉妹でした。中学、高校の頃、特に中学時代はクラスの半分を教会に引っ張って来る、と言うようなとっても熱心でした。でも、彼女が、高校大学に行く頃から、段々遠のいてしまいました。その彼女が何と20年振り以上に、ぽっと教会に来た。 どうして来たかを、後で家内から聞いたら、何か家内の夢を見たんだそうです。しかも、3度も続いて夢を見た。そして、どうしても来ずにはおれなくなった。と言うことで来られたと言うことです。私はそのことを聞いて、そこに最も心を痛めたのです。彼女が熱心に通っていた。そして、やがて、洗礼を受けていった。でも、ふと彼女のことを見た時に、彼女の名前が会員の名簿の中から落ちていた。それも、私は気付かないで、祈っていないわけではないけれども、でも会員名簿から彼女の名前が落ちていることにも、気付かない。そんな、自分の魂に対する至らなさを、私は探られたことでありました。 そして、その私の至らなさに、主はご自分が彼女の魂に触ってくださって、夢の中に3度も現れて、そして、立ち帰ることを主が迫っておられる。彼女は色んなことで、大きな悩みを抱えてもいた。と言うことでありました。今は遠くに、川崎のはずれの方に、住んでいます。でも、その彼女が来たと言うことの中に、もう1つ私はとりなす祈りへの主の応答を感じたのでありますけれども、改めて私は1人1人をきちっと、とりなすことへの誠意をしないといけない、とそう思いました。 そして、私はそれを色んな形で訴えました。祈祷部の方では、具体的に、あのとりなし手帳の中に、この教会が始まって、約35年になるわけでありますけれども、そこで、洗礼を受けた方々、そして、受けたけれども、今教会から離れている人達が、どの位いるのか、と言うことで名前を挙げて貰ったのです。そしたら、何と100名を越えている。整理したら、具体的に名前を挙げてみたら、何と100名を越える人達が教会を離れている。 そのことを知って、本当に私はショックを受けました。これ迄この教会で洗礼を受けた人、そして、転会をして、名を連ねた方々の数字、それは、これまでに、518名になっております。しかし、518名の中、100名前後が離れていると言う現実は、重い、本当に重い。その現実を直視していなかった、自分自身が本当に主の前に悔い改めさせられたことでありました。 ああ、贖われたものは、帰って来る、と言うみ言葉の迫り、それは、正にそう言うことへの主からの迫りであると言うことを、改めて心に留めさせられたのです。そして、この1年を通して少なくとも半分の人が帰って来るように、毎週の礼拝に帰って来るように。そこまで行かなくても、年に何回でも帰って来るように、そのことを、今年のビジョンとして、今年の取り組みとして、何としても、教会の大事な働きとして、して行きたいなぁと、思わされたことであります。 そのために、半徹夜祈祷会、そのための特別な祈祷会、そう言ったことにも、取り組んで行きたい。そう思わされたことでもありました。皆さんの家族の中にも、そう言う方もおられるでしょうか。身近なところにも、今離れている魂がいるでしょうか。そう言う人のために、取り組んで行きたいと思います。私の中にも、何人もの人が、そう言う思いとして、起こされております。 それが先ず第1のことであります。そして、もう1つ大事なこととして、思わせられること、それは、贖われたと言う、既に洗礼を受けたと言う意味もありますけれども、でも、主が贖ってくださっている。これから、洗礼、これから、救われると言う人達も、主はもう予め、もう贖いの約束として、私たちに迫ってくださっている。これも事実だと思います。皆さん、このみ言葉の1番大事なのは、皆さん、ご存知なのは、使徒の働き16章の31節であります。このみ言葉を改めて心に留めたい、とそう思います。『』の中を改めて、皆さんと声を出して読んで見たいと思います。 『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。』 はい、皆さん、このみ言葉、この約束ですね。1人の人が救われると言うことは、即ちその人の家族が救われる。それが主の約束。もう、予めの主の祝福の約束。それが祝福の始まりと言うことです。ですから、あなたが救われたと言うことは、あなたが主を信じたと言うことは、あなたの家族が、もう救いの約束の中に入れられた、と言うことであります。 既にそのようにして、家族全員が救われた方々もありますけれども、未だの方も多いかと思います。皆さん、家族が未だ救われていない方々。どう言う取り組みをしているでしょうか。そして、この年、どう言う取り組みをして行きたいと願うでしょうか。どう、主の前に、このことを、信じて進んで行こうとしますか。それが今年の大事な課題として、取り組んで行きたいと、そう思います。 我が家のことでありますけれども、聖献は4年前に洗礼を受けました。27才でありました。彼はずっと洗礼に対してこだわっておりました。神様は否定しませんでしたが、いや、信じていたのですけれども、洗礼にはこだわりがありました。私と家内は、長男がまだ洗礼を受けていないことへの、とても、痛みを感じました。ある時には、反省しながら、無理矢理にでも、中学の時に洗礼を授けた方が良かったんじやないだろうか。若い時に、小さい時に、強制的に授けた方が良かっただろうか。段々年が行くと、色んなことを経験して行くと、難しくなる。そんなことを話し合って見たり。 しかし、本人の意志を強制したり、ましてや、無視して、親の権威で洗礼を授けることもどうだろうか。しかし、ずるずるして、先延ばしすることよりも、良いのではないだろうか。。。 色んな迷いもありました。彼には色んな試練がありました。そう言う中で、もう1つかせを掛けるようなことへの、私自身の心の痛みもありました。まあ、やがて彼はアメリカに行き、留学して時が流れて行った。弟の恵賜師、彼も反抗しました。兄が高校3年で、弟が高校1年。我が家の反抗のピークでありました。 ある時、あるスーパーから電話が入りました。そして、お宅の息子を万引き現行犯で今捕まえている。だから、引き取りに来るように。今回は初めてなので、警察には突き出さない。だから、来るようにと言う、そう言うスーパーからの電話でした。一瞬目の前が真っ白になりました。背中に氷水が注がれた。そう言う気もしました。 長男が色んな試練の中で、高校生活を終えようとして、これから、どうなって行くだろうか。と言うところにもってきて、弟が荒れた状態にあって、そして、現行犯で捕まってしまうことをしている。私自身の姿勢が、本当に問われました。主の前に牧会をしていると言いながら、自分の家は治め切れていないではないか。子供達に対して、何が出来ているのか。痛みと共に自分自身の心への迫り、悔い改め、いたらなさ、主の前にどう出たらいいのだろうか。主は何をそこで私にしなさい、何を学べと言っておられるのだろうか。 痛みました、家内と共に祈り、又1人、主の前に涙する日々でもありました。そして、私は主に祈りつつ、委ねつつ、主の働きに委ね、期待するしかない。何か、親だから、牧師だから、指導者だから、何が出来ると言うのではない。そう言う立場では、何も出来ない。知識や経験や、そう言うものでは何も出来ない自分。そんなことも、突きつけられたことでもありました。そして、ただただ主の憐れみを求めたことでもありました。弟の方は、過激な反抗の弟の方は、1年後に主はタッチしてくださいました。 まぁ、アメリカ行き、と言うこともあるのですけれども。その中で、彼は、この私たちの届かないところで、アメリカの地で、救われ、献身して、帰って来たことでありました。全部一方的な主の憐れみであったなぁ、とそう思います。兄聖献の方は10年掛かりましたけれども、でも、日本に帰る直前の電話の中で、嬉しいことが3つある。それは何か分かるか。彼の電話でありました。 卒業と就職は分かった。もう1つは何かなぁ、と言ったら、何だと思う。分からない。洗礼を受けて来た。ええ、洗礼を受けた。彼はジャック・スミスの教会に行っていたようでありました。行っていたことは知っていたのでありますけれども、まさか、彼がそこで洗礼を受けて帰って来るとは知りませんでした。 そこにも、主の憐れみがありました。皆さん、家族の救い、主の約束です。でも、それは機械的に自動的に、何もしないで、どこかでいつかそうなる、と言うことでもないのであります。救われない中で、仲間が救われない中で、どうしても救われない中で、どうしていいか分からない中で、その中で、主が、あなたがそれにどう取り組むか、あなた自身がどう取り組むのか、先に救われたあなたが、どう、それを重荷として負うのか。十字架としてそれに取り組むのか。真剣に祈るのか。それが問われるのであります。そして、時の流されるその中で寧ろ、その人自身が本当に主に問われている。多くの涙がそこに流される。心のうずきがある。でも、それが多ければ多いほど、そこには又祝福の大きさもあります。 福田兄姉が、ここにおられますけれども、本当に兄の救いも本当に嬉しかったです。聖地旅行で、最後のところで、救われたたけでなく、洗礼を受けて帰りました。もう1人、狩野兄も、そこで洗礼を受けて欲しいと、思っていたのですが、未だ頑張って延ばされています。必ずそうなると信じておりますいが。はい、皆さんのご主人方はまだでしょうか。家族の誰かが未だでしょうか。でも、必ず救われる。今年は離れた者が帰って来る。祝福の年です。救われる年です。そのことを祈りながら、期待しながら、主を見上げつつ取り組んで行きたいのであります。主が私のためにしてくださったみ業が、どんなに大きいか。 最後に1つ十字架の場面を見たいのであります。イエス様はエルサレムを御覧になって、涙を流されました。ああ、エルサレム、エルサレム。預言者達を殺し、自分達に遣わされた人達を石で打つ者、私は雌鳥が雛を翼の下にかばうように、あなたの子等を幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなた方はそれを好まなかった。とあります。 イエス様も御覧になって嘆かれました。エルサレムを御覧になって、涙を流されたイエス様であります。どんなに語っても、どんなに愛を注いでも、彼らは好まない。彼らは寄って来ない。彼らは立ち帰らない。彼らは救われない。イエス様はそれで諦めなかった。イエス様は、それで彼らを見捨てなかった。見捨てないだけでなく、彼らをご自分の身に負われました。 ご自分の罪として負われました。そして、十字架に掛かられたのです。彼らを赦すために、彼らを救うために、彼らが神の愛に立ち帰るためにイエス様はご自分が十字架に掛かってくださったのです。私たちもそのイエス様の十字架を、そのイエス様の愛を愛として、とりなして行ける者となりたい者であります。
お祈りを致します。愛する天のお父さま、新しい年、1人1人の中にあなたが臨んでくださって、この主のみ言葉を通して、私たち1人1人にチャレンジを与えてくださっていることを思いますが、どうぞ、主よ、1人1人がそれに応答出来るように、本当に1人1人が、主の愛の中で迫られて、応答して行くことが出来るように、変えてください。 尊いイエスキリストの御名によってお祈り致します。アーメン! |