2002年1月20日 主日礼拝式
“ヨハネの福音書” 21章1〜14節

「“右側にあみをおろしなさい”」

“宮本 俊一師” 宣教メッセージ

今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は ヨハネの福音書21章1節から14節です。新約聖書の205ページになります。

“ヨハネ”
21:1 この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現わされた。その現わされた次第はこうであった。
21:2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
21:3/TD> シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
21:4 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
21:5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」
21:6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
21:7 そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。
21:8 しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。
21:9 こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。
21:10 イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」
21:11 シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったけれども、網は破れなかった。
21:12 イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」弟子たちは主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか。」とあえて尋ねる者はいなかった。
21:13 イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
21:14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現わされたのは、すでにこれで三度目である。

ハレルヤ!
始めて本郷台キリスト教会に来させて頂いたので、まず自分の証しをしたいと思います。生まれは茨城県鹿島、鹿島と言えばサッカー、アントラース、チャンピオンチームです。サッカーを中学生までやっておりました。その関係で「ゴール2002」のワールドカップの事務局長をしております。

生まれたところはキリスト教とは全く無縁の環境でした。酒屋でした。日本酒が哺乳瓶に入っていました。(笑)それで育ったようなものです。本当に環境が悪くて、父親は酒屋だけでは物足りなくて、バーを始めたのです。すると酔っぱらい、ちんぴらとかそういう人たちがどんどん入ってくるようになりました。バーで一儲けをした父親が、次にしたことは、何とキャバレーです。環境が悪いです。芸者さん、ホステスさん、本当のやくざが入ってきました。

結局うちの父親は、おめかけさんをつくって家を出てしまいました。そして母親も再婚してしまいました。ですから中学まではサッカーをやっていたのですが、高校になって、私自身が荒れ果ててしまいました。そして髪の毛もどんどん伸ばして、ヒッピーのようになりました。昔ヒッピー、今ハッピー…(笑い)

髪の毛をどんどん伸ばし、その日暮らしをし、東京の新宿歌舞伎町に行き、毎晩お酒を飲んでいました。六本木に行っては踊り、その日その日が楽しく暮らせればいいと思っていました。ですから、み言葉は知らなくても、当時何となく「明日のことは思い煩うな。」そういう生活をしていました。(笑)  

ある時横浜の港、本牧に行ったのです。何もやることがなく暇なので、ずっと海を見ていました。大きな貨物船が停泊していました。するとその貨物船の船長さんがとことこ降りてきました。何気なく、私は何気なく、あまり深く考えないで質問しました。その船長さんはアメリカ人だったので、片言の英語で聞きました。「この舟にチョット乗って、見学していいですか?」「あ、いいよ。」

英語は恐いもので、実は船に乗って一緒に行こうということになってしまったのです。いつかは行きたいと思っていたので、パスポートはアパートにありました。「まっ、いいか。」と、何とその舟に乗ってしまったのです。本当に気楽な人生です。1979年その貨物船は横浜を離れ、アメリカに向かったのです。貨物船の中には何もないのです。バーもなく、テレビは1日だけ写りましたが2日目からは受信できませんでした。テレビはない、お酒はない、暇でした。でも私なりにすばらしい発見をしたのです。

夜、甲板に出て、ロマンチックなところもありますからね。(笑)あの満点の星空、今まで歌舞伎町のネオンばかりみていたものですから。(笑)まだ神様が造ったというのは分からないのですが、月はサーチライト、星は砂金の様な感じなのです。真っ暗で、音はスクリューの音だけ、そこに星が落ちてくるような感じです。毎晩、毎晩やることがないのでそれを楽しみに見ていました。1週間それを見続けました。

ある日のことです。今日も見られるぞと、夕方楽しみにしていると、舟が揺れ始めたのです。大きく大きく揺れ始めて、とうとう嵐がやってきたのです。一万トン以上の大きな舟がゆれてゆれて、もう舟には立っていられないことが分かったので、ベッドルームに戻り、横たわりました。

舟が思いっきり揺れた時、今まで気付かなかったのですが、ベッドの横のサイドテーブルから物が落ちたのです。何かなと思ったら、本だったのです。1ページ目を開いてみました。すると「始めに神が天と地をお造りになった。」と書いてあるじゃないですか。何と創世記だったのです。バイブルと出会ったのです。毎晩毎晩夜空をみていたので、その創世記の言葉がすっと入ったのです。

「そうだ、あの夜空は神が造ったんだ。」ということが自然に入ってきました。その後も続けて読んだのですが、人名辞書のようになってきて眠くなったで、その聖書を閉じました。でも記念にその聖書を拝借して、鞄の中に入れてしまいました。拝借して、というと格好いいんですが、盗んだようなものです。(笑)

そして10日後にアメリカ、カルフォルニアのロングビーチというところに着いたのです。船長さんにありがとうと挨拶をして、ぽんと降りました。長い髪の毛に、ティーシャツとジーンズ、バッグ1個、そして不思議ですね。あのバッグの中にバイブルが入っていたでしょう?何となく気になりはじめて、やはり返してこようかなと思い始めたのです。

でも振り返ると、もう舟はいないのです。「どうしようかな。そうだ、この聖書を教えている青い目の人のいる教会というところに行って見ようかな。」と思ったのです。次の日曜日に、誰に紹介されるでもなく、朝早くから教会を探したのです。ワンブロック、ワンブロック歩いて探しました。アメリカは広いですね。もう広くて、広くて、それも車じゃなく歩いて探したら、7時から10時になってもなかなか見つからないのです。

11時頃やっとひとつの教会を見つけて、ドアを開けました。ギ、ギ、ギ、やはりアメリカも教会の敷居は高いです。ドアも重いんです。油ぐらいさしておけばいいのに…ギギギ、恐る恐る入っていきました。何とアメリカの上流階級の白人の教会に入ってしまったのです。女性はサンデイドレスを着、男性はタキシードを着ていました。牧師はメッセージをしているのです。250名くらいでしょうか。後ろから見ると満席です。後ろから見てどこか席がないかなと、よーく見ると一番前が開いているんです。

せっかく来たのだから、メッセージは聞きたいけど前には行かれないな、恥ずかしいな…とはちっとも思わなかったんです。ヒッピーは関係ない。胸を張って真ん中の通路を歩きました。そして一番前にポンと座りました。驚いたのは牧師先生です。きれいな教会でしょう。十日もお風呂に入っていないような、髪の毛はふけだらけの青年がポンと座ったでしょ。私と目が合うとメッセージが止まるのです。よっぽど気になったのでしょうね。神は愛なりと言っていたのかもしれません。でも現実はこんな人が来たらどうしようと思ったのじゃないでしょうか。(笑)

メッセージが終わり、報告が終わりました。するとその先生は講壇から降りて、私の方へ、ドッドッドと目の前まで来るのです。すると2メートルぐらいのゴリヤテのように見える大きな人が、私の目の前でガミガミガミガミ…3分くらい話しているんです。全く英語が聞き取れません。その牧師は3分かかって、やっと分かったのですね。こいつは英語が聞き取れないということが、です。(笑)

分かった途端に、私の襟首を掴んで、教会の玄関に連れて行かれたのです。そこに立っていろと言うんです。逃げてもいいのですが、根は真面目ですから、立っていました。道路にすっと逃げることも出来たのですが、私は立っていました。せっかく始めて教会という所に来たのに、立たせられたのです。何の知識もないので、礼拝に遅刻したら立たせられる、絶対に礼拝に遅刻したらいかんと思いました。

そして10分間、何で立たせられているのかと思いながら立っていましたが、ついに分かったのです。約250名位の教会の方々が一人残らず、帰る時に私に暖かい握手をするために、そこに立たせたのです。「よく来たね。来週もまた来るんだよ。」全員です。おばあちゃんが抱きしめるんです。「息子よ、また来なさい。」立派な紳士は「君はどこから来たの?」「フローム オーシャン」と言ったらビックリしていました。(笑)

小さな子供からおじいちゃんおばあちゃんに至るまで全員です。本当に真心、愛情、ホスピタリティー、そういうものって手のぬくもりで分かります。ここは私が来ていい所なのだと分かったんです。はじめて1人1人クリスチャンに握手をしてもらって、本当に分かりました。私はここに来ていいんだと。心に持っている親切心というのは絶対に現われます。きっと牧師先生が報告したのでしょう。「そこに立っているどこから来たか分からない青年に、暖かい握手をして帰りなさい。そして家に帰ったらちゃんと手を洗いなさい。」(笑)

最後に牧師先生が来て、牧師室に来なさいと言うのです。牧師室に行きました。するとコーヒーとクッキーを牧師夫人が出してくれました。「君は英語が出来ない。ホームステイをしなさい。」「はい。します。」都合がいい時は聞こえるのです。(笑)
皆さん、私はそこからクリスチャン家庭にホームステイに入ってしまったのです。そこから人生が狂ってしまったのです。(笑)

ピュアーな本当のクリスチャン家庭に入ってみてください。本当の安らぎとすばらしさを毎日体験しました。最初に驚いたのが、夕食の円卓を囲んで、妻も子供も手をつないでお祈りをすることです。「君、手を洗った?じゃあ手をつなぎましょう。」と言われましたけれど。(笑)そして一緒に祈りました。妻も子供も1日安全に仕事を終え、学びを終え、食事を戴けることを感謝します。そしてこの青年がどこから来たのか分かりませんけれど、今日からうちの家族として生活できることを感謝します。アーメン」と言ったんです。

びっくりしました。どこの馬の骨か分からないような、明日その辺のいい花瓶を盗んで逃げてしまうかも分からないのに、君は家族だと言うのですね。それには驚きました。家族だから2階の部屋を使っていいと言うのです。家族だからいつでも台所に行って、冷蔵庫の物を食べてもいいよって。言われなくても食べてましたが。(笑)

そしてウイークエンドは一緒にピクニックに行ったり、ものすごく健全なのです。そして水曜日にはいつもバーベキューをやり、バレーボールをやって、それからプールサイドで近隣の人とバイブルスタディーをやるんです。そこにいるだけで楽しくて楽しくて、比較してはいけないのですが、茨木の鹿島の実家は、女だ、やくざだ、めかけだ、金、金、金、そこに比べたらクリスチャン家庭は天国です。だんだんクリスチャンになってみたいな、将来こういう家庭を作ってみたいなと思うようになったのです。

1ヶ月すると大体分かります。福音というのは、分かる形で神の愛が伝わらなくちゃいけないと思いますね。よく英語が分からなくても、神の愛が分かって来たのですから。そしてクリスチャンになりたいなと思い始めてきたのですから。
どうしたらなれるのかなと考え始めました。きっと一生懸命教会に通って、一生懸命勉強して、修行のようなものがあり、お布施のようなものがあって、献げて、半分クリスチャンっぽい顔になったら洗礼を授けてくれるんだろうなと思いました。日本人ですから、仏教的な考え方、一生懸命努力してクリスチャンになるというイメージがあるのです。

そこの家庭のご主人に聞いたら、「君もクリスチャンになりたいのか。教えて上げよう。君が太平洋で見たあの星空を創造した創造主なる神様がいる。そして神様の一人子、主イエス・キリストを個人的に信じて心に迎え入れなさい。それが新しく生まれ変わることだよ。主イエス・キリストを受け入れて信じた時に、あなたの罪は赦され、そればかりではなく主イエス・キリストが永遠のいのちを与えてくださいますよ。」

「個人的にイエス様を受け入れなさい。」「えっ、そんなに簡単なんですか。新しく生まれることは、そんなに簡単なんですか。」そして次の週の水曜日の祈祷会で、主イエス・キリストを個人的に心に迎え入れて、罪を告白して、永遠のいのちを頂きました。

皆さん、新しく生まれ変わるんですよ。イエス様が私の心の中に入ってくださるんですよ。いのちがあるんですよ。もう嬉しくて嬉しくて、すぐに牧師を捕まえて「洗礼を受けさせて頂けませんか。」と言いました。「いや、ここでは2ヶ月くらい勉強してください。」「いや、洗礼というのは水に入り方さえ教えて頂ければ、洗礼準備クラスだと思います。」私が今度説教をしているんです。(笑)

あまりにも熱心に言うので、じゃあ君だけ特別に今度の日曜日ということで、4日後に洗礼を受けました。そして1年後にはもう神学校に行っていました。3年後にはもう牧師になっていました。まるでインスタントラーメン、お湯をわかしたら、ラーメン一丁(笑)

皆さん、キリスト教と出会ったんじゃないんです。教理と出会ったんじゃないんです。イエス・キリストご自身と出会ったのです。そこにいのちが、愛があるんです。いのちにあふれて、もう喜んで、嬉しくて、今度はホームステイ先に帰って、喜んで、お料理などを作りました。「いーつくしみ深く…♪」もう嬉しくて嬉しくて。そして窓を見ると小鳥のさえずりが聞こえてくるのです。日本人は義理っていうのがあるから、それまでは義理で皿洗いなどしていたんですが、その時はもう喜びあふれているんです。

皆さん、私たちの力はどこから来るのでしょうか。自分の力で信仰生活をしていませんか。自分の思いで信仰生活をしていませんか。自分の考えで奉仕をしていませんか。自分の思いで子育てをしていませんか。それは疲れることです。そうじゃない、我が内にいるイエス様、そこから力と恵みと平安、喜びが来るのです。ですから一言でいうなら、イエス・キリストの愛のぬかみそ漬けになった方がいいですね。いのちと愛がどっぷり染み込む、染み込む、それから宣教して伝道して、奉仕をして子育てをして、家庭を治めると全然世界が違うのです。

先ほど読んだヨハネ21章の9節を見ますと、イエス様がお料理をしています。イエス様がお料理をしたところはここだけだと思います。イエス様ご自身が墨を興しパンと魚を焼いて、料理をして待っていてくださいました。一生懸命料理をして待っていてくださいました。ここに暖かいキリストの愛があるんです。
ペテロを初め弟子たちは一晩中網を投げても、最初は一匹も捕れませんでした。何度も何度も自分の力で網を投げてみたんですが、一匹も捕れなかったんです。肉体的にも限界が来ていたのです。ですから食事です。元気を出すには食べることが一番です。

そして心の中は病んでいた、傷ついていたのです。なぜならばイエス・キリストに3年半以上もお仕えしながら、一番大事なゴルゴダの十字架にイエス様が全人類の贖いのために付けられる直前に、裏切って逃げてしまったからです。そしてガリラヤ湖に行って元の漁師に戻ってしまったからです。
負い目がありました。イエスを裏切ってしまった、本当にドキドキしながら、岸辺に上がっていきました。イエス様に何を言われるか、心に傷を負い、肉体的には疲れていたのです。でもイエス様は待っていてくださった。食事を作って待っていてくださった。ここに愛があるのです。

皆さんの中にも、今日、問題がある方がおられるかもしれません。人には言えない、家族の問題がある方がおられるかもしれません。夫婦関係でこじれている方がおられるかもしれません。子供の問題で本当にどうしようかと袋小路で考えておられる方がいるかもしれません。仕事が不安でこれからどうしたらいいのか思い悩んでいる方がいるかもしれません。

信仰生活でイエスを裏切って、自分勝手な道を選んで、もう戻れないんじゃないかと悪魔の声を聞いて、心が傷ついている方がいるかもしれません。しかし今日皆さん、この場所にイエス様が皆さんを招いてくださっています。暖かくどんな人でも、イエス様は愛をもって、皆さん一人一人を招いてくださっています。

愛の中にこそ本当の赦しがあるのです。赦しというのは愛です。癒しも愛です。十字架のあの血潮の、愛の十字架によって私たちは赦されるのです。律法によっては最終的には傷つくかも知れません。道徳倫理では限界があります。愛が赦しです。ペテロたちが来た時に、何も言わないで、さあ一緒に朝食を食べよう。その時本当にホッとしたんです。重荷がとれたんです。癒されたんです。解放されたんです。主イエス・キリストの十字架の血潮はあなたの罪を、あなたの重荷のいっさいを赦し、癒してくださいます。解放してくださいます。

第2番目に移りましょう。6節を見ますと、イエスは言われました。舟の右側に網をおろしなさい。もう一つのことをイエス様はしてくださいました。
漁に出たペテロや弟子たちは、一生懸命一晩中網を投げてみました。専門家ですから経験もある、知識もある、技術もある、勘も働く、一晩中網を投げて投げて投げたんです。でも小魚一匹捕れなかったんです。

その時イエス様は岸辺から声をかけてくださいました。「おーい、右側に網をおろしてみなさい。」すんなりと彼らは右側に網をおろしてみた時、大いなる祝福の魚が捕れたと聖書には記されています。困って困って、自分の力や自分の努力でやってみたけれど、どうしようもなかった時に、イエス様は声をかけてくださったのです。どうして魚がとれなかったのでしょうか。どうして彼らは技術がありながら捕れなかったのでしょう。

答えは簡単です。彼らは左側に網をおろしていたからです。左側、自分の経験、知識、努力、常識すべて自分なのです。そこに網をおろしてみたのですが、そこに神の祝福がなかったのです。イエスに背を向けて、自分だけで網を投げてみたわけであります。これを日本人の世界で言うと、信念の世界です。自分を信じ、自分を律し、自分を鍛えて、自分が計画して、信念の強い男はすばらしいと私たちは教わりました。

勿論、事業に成功なさる方もおられるかも知れません。しかし皆さん、時代は変わりつつあります。私たちのこの日本の社会は行き詰まっています。昔のように企業戦士で、すべてを捧げて、もう妻も子供も全部捧げて献身して、会社に捧げた方が、「君、もう明日から来なくていいよ。」と言われる時代です。ですから、皆さん新宿とか上野に行ってみてください。新宿には2千人の、上野には3千人のホームレスの方がいますよ。そして皆さん、背広を着たままのホームレスの方がいますよ。

自分を信じてきた、日本の経済を信じてきた人たちが、今虚しく、空虚な心になっているのです。人生っていうのは、チョット向きを変えるだけで、豊かな世界が待っている事を今日お伝えしたいのです。
左から右に網をシフトチェンジする、その時に皆さんの世界の中に不思議な世界が生まれます。こちらは信念の世界、右側に網をおろす世界は一言で言えば信仰の世界、信仰というのは聞くことから始まります。

「おーい、右側に網をおろしてごらん。」ペテロは聞いて網をおろしたのです。ですからイエス様のお言葉を聞く、または聖書のお言葉を聞いてそれに従う世界、これが信仰です。信仰と信念は似ているようで、全く正反対であること覚えなければなりません。

10年前からフィリピン宣教をしています。日本中の若者たちを連れて行きます。日本の青年も捨てたものじゃありません。1度火を付けたら本当に伝道します。そういう沖縄から北海道までの若者たちを連れて、定期的に、学生が多いので春休みや夏休みに、フィリピンの一番貧しいネグロス島というところに行くのです。野外コンサートをし、アウトリーチをして、そして最終的にみんなで土地を買って教会を建てるのです。割と早く建てられるのです。

ネグロス島というのは貧しくて砂糖きび畑の農園ばかりなのですが、子供たちを見るとなぜか虫歯が多いのです。おやつは砂糖きびしかないのです。生まれてこのかた、歯磨き粉と歯ブラシを買ったことがないというのです。歯を磨いたことがないというのです。かわいそうだと思ったのです。 

これはかわいそうだと思って、日本に帰って自分の教会の教会学校の子供たちに、「夏の献金を集めよう。歯ブラシと歯磨き粉を5箱くらい送ろう。ですから5万円くらいの献金を送ろう。お父さんやお母さんに言ってね。」とアピールしました。
その途端に5年2組の直美ちゃんがぱっと手を上げて、「先生もっと祈った方がいいんじゃないですか。」「そうそう、祈った方がいいよ。」私は常識の範囲で左側に網をおろすんです。「このくらいの人数の子供たちと親御さんで、電卓5万円、夏の感謝献金大丈夫。」すぐに子供たちに言われてしまいました。直美ちゃんはイエス様に祈った方がもっと集まると思うと言い始めたのです。直美ちゃんは右側に網をおろし、イエス様の声を聞いて、網が破れる程の歯ブラシや歯磨き粉を捕ろうとしたんです。

そして直美ちゃんを中心に祈り始めたのです。授業を中断して30分くらい祈りました。30分位してまた直美ちゃんが手を挙げたのです。「先生、もうたくさん集まるよ。歯ブラシ、歯磨き粉がたくさん集まることを、祈りの中でイエス様が教えてくれたよ。」と言ってすぐ帰ってしまったんです。

どうやって集めるのかと観察していました。まず直美ちゃんは5年2組の自分のクラスメートに言ったそうです。「家にある歯ブラシと歯磨き粉、全部明日直美の所に持ってきなさい。お父さんが出張の時は、ホテルから歯ブラシを全部持ってくるように言いなさい。」祈っているから権威があるのです。すると1週間で直美ちゃんの机の中に入りきれないほど、ボロボロ落ちるほどになったんです。担任の先生が来て、「直美、なんだ。万引きでもしたのか。」「こういう理由で集めてるの。」

担任の先生がもう感動しました。奇しくもその先生は若い時、アジアに海外青年協力隊として派遣された経験があったのです。「こんなに良いことを内のクラスはやっていたのか。分かった。5年1組から6組まで、全部先生がまとめよう。」1組から6組まで全部まとめたら6箱集まったのです。今度はそれを校長先生が見ていて、「5年生は何か良いことをやっているそうですね。ああそうですか。それはいい。1年生から6年生全体にしましょう。」(笑)そしてフィリピンボランティア委員会を作ってくれたのです。PTAも巻き込み、なんと1ヶ月に24箱集まったんです。

もう校長先生も嬉しくなってしまいました。「でも待てよ。これは一体誰が言い始めたのか。」ということになり、「5年2組の直美ちゃんらしい。」直美ちゃんを校長室に呼んで、「何でこれを集めるようになったの?」「うちの教会の牧師先生が言いました。」と言ってしまったのです。東京都は厳しいのです。宗教と公立学校が何か一緒にやってはいけないという条例があるのです。「なに!その牧師を呼んでこい。」直美ちゃんは急いで下校して、牧師の家に来ました。「先生大変だ。大変だ。たくさん、24箱集まったけど、校長先生が怒っているから、先生、謝りに言ってください。」

私は行かないで、家内を行かせました。(笑)恐くて行けなかったのです。女性の方がソフトかなと思ったのです。家内が恐る恐る校長室に入っていくと、怒られるどころか、「まあ、座ってください。こんなすばらしいことはない。今までは、先生が決めたことを生徒に押しつけていたけれど、今回は私たちが教わった、自発的にやっている。こんなすばらしいことはない。折角ですから、牧師夫人が来たということで、授業を今から中断して、体育館に全校生徒を集めて講演会をします。」

機転の効く校長先生で、2時間授業を中断して、1年生から6年生まで全部体育館に集まって講演会をしました。家内がフィリピンのこと、み言葉もチラチラ入れながら語りました。校長先生が喜んで、講壇に上がってきて、「この24箱を船便で送るのはもったいない。直美ちゃん、講壇に来なさい。この歯ブラシと歯磨き粉を直美ちゃんとお母さんが一緒に持って行きなさい。名付けます。歯ブラシ親善大使。」(笑)
直美ちゃんは「行ってきます。」直美は、お母さんとフィリピンの小学校に持っていって、歯の磨き方から教えて来ました。そして教会の子供たちにデリバリーをして、今でもその小学校と文通をしています。

皆さん、祝福というのはこういうものです。私は電卓5万円、牧会経験上この位は集まると考えます。でも直美ちゃんはイエス様に聞くのです。すると24箱どころか、練馬区立の公立学校、PTAまで巻き込んで、その祝福を戴くことが出来たのです。

私たちは信仰生活に力んでいませんか。もう一生懸命に。牧師も一生懸命に。でももっと肩の力を抜いて、イエス様の声を聞いて素直に従う、素直に従った所に祝福があることを何度も覚えます。一生懸命やります。努力します。不景気なら不景気なほどもがいて努力します。ある方は立ち直って巨万の富を築く方もいらっしゃるかもしれない。成功される方もいらっしゃるかもしれません。

でも一つだけ、得られないものがあります。自分の努力、自分の力、自分の学歴、自分の技術、修行では得られないもの、それは永遠のいのちです。それだけは、左側に網をおろしても得ることはできません。神から離れて自分勝手な道を歩むことを、聖書では基本的な罪といいます。ハマルティア、的はずれ、自分の人生を押し付ける人生、罪の結果が永遠の滅びでしょう。

人は何で死ぬのでしょうか。末期癌で死ぬのでしょうか。O157で死んでしまうのでしょうか。エイズ菌が輸血で入って死んでしまうのでしょうか。聖書には一言もそういうことは書いていないのです。罪の結果、神から離れた結果滅びると、聖書には記されているのです。右側に網をおろしてください。毎日毎日喜びと祝福がある、でも最大の喜びはイエス様と共にいる最大の喜びは、永遠のいのちを戴けることです。天国に国籍を戴けることです。われらの目指すところは、本当に新しい地、天国に向かっているわけであります。

最後になりますが、この前北九州に行って参りました。「宮本先生、うちのお婆ちゃんに福音を伝えてください。老人ホームにいますから、一緒に行ってください。」とクリスチャンの娘さんに誘われて老人ホームに行きました。そしてロビーでお婆ちゃんを待っていましたら、お婆ちゃんは部屋から車椅子でゆっくりやってきました。
お婆ちゃんに話しかけました。短い言葉で、「お婆ちゃん、イエス様を信じるなら、まず罪が赦されます。」「うーん、おまえは耶蘇か。」「そうです。」「西洋坊主か。」「まあ、それに近いかもしれません。」

「お婆ちゃん、もう1つ良いことを言いましょう。お婆ちゃん、イエス様を信じたら、天国に行けますよ。」ビックリしていました。「お婆ちゃん、おいくつですか。」「96だ。」「そろそろですね。」「そろそろかもしれないな。」(笑)「お婆ちゃん、天国に行けますよ。」ずっと考えていました。「耶蘇はそんな良いことを言うのか。」そう言って何も言わず10分くらい黙っているんです。

もう一度聞き直しました。「先生、本当に罪赦されますね。」「勿論ですよ。」「本当に天国に行けますね。」「勿論ですよ。」「もう一つ、家にある仏壇どうしましょうか。」真剣なんです。「お婆ちゃん、それはもうちょっと後にして、洗礼を受けること考えましょう。今はイエス様を信じましょう。」「それもそうだな。」お婆ちゃんは、その場でイエス様を信じて受け入れました。そしたら嬉しくて嬉しくて、「ありがとう、ありがとう。イエス様ありがとう。」と言い始めて、そして病室に戻りました。

一ヶ月経って分かったことは、お婆ちゃんは末期癌だったんです。いよいよ死が間近になった時、お婆ちゃんは遺書を書き始めました。「私はイエス様を信じて天国に行く。家にある仏壇を返しなさい。」随分迫力があるなと思ったのです。親戚に言ったらびっくりしました。そして3ヶ月後に洗礼を受け、4ヶ月後にいよいよ天に召されたわけです。告別式は地元の先生にして頂いたのですが、その先生がまたすごい説教をしている。「お婆ちゃんは今天国にいます。しかしお婆ちゃんと会いたい方はいますか。」と言うのです。(笑)「お婆ちゃんと会いたければ、あなたもクリオスチャンになって天国に行きなさい。」

告別式の日です。ふと見ると孫が手を上げている。お婆ちゃんっ子だっんですね。お婆ちゃんが死んだら2度と会えないと思っていました。死は永遠の別れだと思って涙を流していた。でもお婆ちゃんと会えるって思った時、ぱっと手を上げてしまったんです。近所のおばさんも手を上げていました。お婆ちゃんと親しくしていた方なんです。そして1ヶ月後に洗礼を受けたのです。今お婆ちゃんの家は毎週木曜日の朝、地区の家庭集会の場所になっています。

一粒の麦が散っても、実がなります。残りの人生をそういう形で証しをすることができたのです。皆さん、右側に網を降ろしてください。私たちは天国に国籍を持つことが出来るのです。いのちを持っているということは、本当に強いことです。いのちを持っていない左側だと、いつも人に左右され、環境に左右され、もうふらふらとしてしまうのです。でもいのちがあれば、ちょっとやそっとのことで、クリスチャンは動揺しない。何故なら天国に行けるのですから。この不況を乗り越えるのは、いのちです。しっかりと今日、いのちの確信を持って頂きたいと思います。人生というのは、ほんのちょっとシフトチェンジするだけで、大いなる祝福が待っているのです。


お祈りしましょう。
神様ありがとうございます。暖かい炭火を焚いて、イエス様は待っていてくださいます。どんなに私たちが裏切ろうとも、どんなに罪深い者であろうと、私はダメだ。私は本当に情けない、私はくじけている、私は汚れている、という人こそ、今日イエス様は愛をもって招いてくださっています。

この中にはまだ自分の力で子育てをしようと、自分の力で人生を切り開こうと思っていらっしゃる方がいるかもしません。またしっかりと握っている方が、何かを握っている方がいるかもしれません。握れば握るほど苦しむのが、人生の摂理です。しかし今日、「さあ、あなたの持っている物、あなたの重荷をわたしに明け渡しなさい。」とイエス様が臨在をもって私たちに問いかけていらっしゃいます。「なぜそんなに一人でがんばっているの。なぜ自分一人で孤独の中にいるの。わたしと共に歩もう。人生は楽しいんだから。人生は幸せなんだから。」と今日言ってくださっています。イエス様に応答しましょう。

神様ありがとうございます。今本郷台キリスト教会の天井を開いてください。一人一人に柔和な鳩のように聖霊をおくってください。自分の考え、自分の力、自分の常識をはるかに越えた主イエス・キリストの愛といのちを、しっかりと自分のものとするため、私たちの脳裏を活発に働かせてください。聖霊様、私の魂に染み込んでください。岩のように頑な心を柔らかくしてください。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン