2002年2月24日 主日礼拝式
“第1ヨハネ” 4章11節

「“愛と和解の歴史”」

“キム・ミョンヒュク 牧師” 宣教メッセージ

今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は 第1ヨハネの4章11節です。新約聖書の430ページになります。

“第1ヨハネ”
4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

あと一箇所開きたいのですが、それは創世記33章の4節です。そこにこうあります。

“創世記”
33:4 エサウは彼を迎えに走って来て、彼をいだき、首に抱きついて口づけし、ふたりは泣いた。

今朝、日本人の兄弟姉妹そして韓国人の兄弟姉妹そしてアメリカからの兄弟姉妹と共に、一緒に主を礼拝することが出来ることを本当に感謝しています。それは素晴らしいことです。

今朝の私のメッセージ題は「愛と出会いについて」です。人間の歴史は憎しみの歴史ということが出来ます。でも神様の歴史は愛の歴史です。人間の歴史というのは憎しみそして隔たりですけれど、神様の歴史は愛であってそして再び出会う、そういうことだと思います。

先程お読みいたしました創世記の33章4節から読めることですが、人間の歴史の中でエサウとヤコブは争いました。そして二人は離れ離れになりました。でも神様の歴史の観点から見ますと、この別れたエサウとヤコブは再び出会って、お互いに和解して抱き合いました。

再び出会うことが出来て、お互いに抱き合って、口付けして一緒に泣きました。大声をあげて泣きました。これが神の歴史だと思います。これがキリスト教の歴史でもあります。キリスト教とは愛であり、出会いです。

今日の世界情勢の中で一番核心になる問題は憎しみであり、争いであり、お互いの間に大きな隔たりが生まれていくということだと思います。ブッシュ大統領はビン・ラディンを憎み、イスラム教徒の或る人々を憎んでいます。勿論憎むということについて、それなりの正当化される理由はあるのですが。でも、それはやはり今日の世界の問題でもあります。

多くの韓国人たちは北朝鮮の人たちを憎んでいます。そして、結構大勢の韓国人が今日でも日本人が好きではない、むしろ憎んでいる人たちがいるのも確かです。それは、聖書を信じる福音的なクリスチャンといわれる人々もこの問題においては、自分の身を遠ざけて、好きではないと表明する人たちがいます。これは聖書が教えていることまたはイエス様が教えて下さったこととは反対です。

イエス様はただ単純に「あなたの敵を愛しなさい。」と言われました。イエス様が愛された弟子の一人であるヨハネも言いました。「神様が私たちを愛してくださったのだから、私たちもお互いを愛しあうのは当然だ。」と。

私は小さい時日本人が嫌いでした。日本語を教えられていたのですが、でも日本語をしゃべりたくありませんでした。ですから今でも私は日本語がしゃべれません。本当に申し訳ないです。私が日本人を憎む理由はそれなりに有ったのです。そのころ日本軍は私たちに神道の神社の前に行かせて、神道の神を拝むように強制しました。

例え小さな子どもでも神社の前に連れて行かれて、神道の神様を拝むように強制されました。でも、私はそれをしませんでした。ところで、ブッシュ大統領が明治神宮に行かれて礼拝したのを残念に思っているのですが。

私は小さい時北朝鮮の共産主義が嫌いでした。私は北朝鮮に生まれて、11歳になるまで北朝鮮で育ちました。私が北朝鮮の共産主義が好きでない理由は彼らが北朝鮮のクリスチャン達を迫害したからです。共産主義の政権は私たち小学生に日曜日も学校に来るように強制しました。そのようにして日曜日に教会に行かせないようにしたのです。

でも、私はそれを拒否して日曜日には学校に行きませんでした。日曜日にはいつも、私は教会に行きました。毎週月曜日には学校で私は強い処罰を受けました。時々私は1週間謹慎処分を言い渡されました。私の父親は牧師でしたが、やはり共産主義の政権に対する不従順の罪で牢獄に入れられていました。

そのような様々な葛藤が私の心の内側に有りましたので、11歳の時に、何とかしてこの北朝鮮を離れようと決めました。私は自分の祖国、家、両親、弟妹を捨てて、南に行くことを決心しました。それは私が信仰の自由を護って、日曜日に主を礼拝することが出来るようになるためでした。

私はその前に牢獄に居る父親を訪問して、「私は北朝鮮を何とかして抜け出して南に行くんだ。」と父に告げました。父は「そうしなさい。」「お前も信仰の自由があるのだし、神様に仕える自由が有るのだ。」と言ってくれました。私の母親も私をとても愛してくれていました。その母も「いいでしょう。行きなさい。」と言ってくれました。

ですから、私は11歳の時に家を離れました。1948年の8月のことでした。私は軍事的境界線を越えました。夜中の真っ暗な時でした。そして共産党の兵士達に私たちは見つかりました。私たちは撃たれました。一緒に逃亡しようとした私よりも年齢の上の人たちはそこで立ち止まったり、撃たれたりして、死にました。

私は立ち止まらずに南を目指して走りました。私は河を越えて野原を乗り越えて反対側に逃げ込むことが出来ました。韓国に渡ってから私はとても孤独な孤児でした。私はソウルに何とかたどり着くことが出来ました。日曜日に主を自由に礼拝できるようになりました。

神様は私の人生を豊に祝福してくださいました。私は日本人を憎み、北朝鮮の人たちを憎んでいたのですが、それでも神様は私を祝福してくださいました。それは私が神様に信頼し、神様を信じて歩んでいたからだと思います。

神様は私に素晴らしい勉学の機会も開いてくださって、アメリカに行って12年間学ぶことができました。そちらで4つの学位を頂くことが出来ました。修士部門の学びもアメリカそしてドイツで3つほどしました。そして牧師、神学校の教師となりました。

そして、今、世界宣教にもかかわっています。それから和解の働きにも加わっています。実際のところ、日本の福音同盟が作られた時に、福音同盟を構成していくための組織委員の一人でもありました。それからアジア福音協議会というところを設立する働きもさせていただきました。それは私の人生の前半です。

でも、私は日本人を憎んでいて、北朝鮮を憎んでいました。20年前から何かが私の内側に起こり始めました。20年前から私は多くの日本の教会の指導者達に出会うようになりました。そして、これらの方々と交わっていく中で次第にこの方々を理解することが出来るようになり、そして愛することが出来るようになり、尊敬することが出来るようになりました。

日本のそのような、本田先生・羽鳥先生のような方々に出会えて本当に彼らを尊敬しています。角田先生、稲垣先生本当に尊敬しています。

1つだけ付け加えたいと思います。1992年に栃木県の塩原において第3回日本伝道会議というのが行われました。そこには1000人以上の日本の教会の指導者達が集まりました。本田先生、羽鳥先生、そういった方々が皆そこに居られました。

最後の夜に私はスピーカーとして招かれていました。実は私は来たくありませんでした。何か上手にお断りしようと思っていました。そのような素晴らしい集会で語るような人物だと私は思いませんでしたので。その頃日本福音同盟の石川先生がソウルに来て下さって、私に強いて参加するよう呼びかけてくれました。それで私は塩原に来ました。

私の心には大きな重荷がありました。私はあまり断食はしないほうで滅多に断食はしないのですが、でもその日は私は昼食も夕食も食べたくありませんでした。そしてその夜私は自分の心の内にある事柄をオープンにしました。そして私が日本人を憎んでいたという罪を告白しました。でもそこにいた3日間の間で私は主に触れられて祝福されました。

多くの日本人の教会指導者達が自分達の失敗を素直に告白してくれたのです。多くの日本人のリーダー達が「本当に私たちは出来ませでした。」「私たちは失敗しました。」と神様の前に素直に告白していました。そして日本人の牧師達の多くが「私たちはまるで敗北したあのエリアのようだ。」という風に言っていました。

それで、私はその日本人のとても真摯なそして真実な告白に魂が触れられていました。それで最後の夜に私は私の心の内に有ることをオープンにしました。そして私の内側に有ったその憎しみの罪を赦してくださるように皆さんの前で告白しました。そして日本人の指導者達に対する愛、尊敬の念を表明しました。

そして、私は彼らに訴えました。私たちは一緒にパートナーとして働くように。そして私のそのアピールを恵みの中で受け入れてくれました。その場にいた多くの者が泣きました。一人の日本人の牧師先生が前に出てきて、私の手を握って、自分が抱いていた韓国人に対する憎しみの罪を告白してくれました。そして私に赦してくれるようにとお願いしました。

彼と議長と3人で手を握り合ってお互いに赦しあいました。それが物語りの1つです。この日本人の牧師が3ヶ月ほど後に私たちの教会に来てくれて祝福されました。それ以来10年以上日本と韓国の間の平和の架け橋となるように働いてきました。

ですから、韓国の保守的な教会のリーダー達は私のことを好きではありません。何故かというと、私は日本の教会を代弁して語っているからです。沖縄で行われた昨年の伝道会議にも出席させていただきました。毎年日本の教会の指導者たちと韓国の教会の指導者たちが会うようにしています。昨年は釜山で、今年は日本で会う予定です。

私は又北朝鮮の人たちを憎んでいたと言いましたが、私はとてもとても強い反共産主義者です。でも、10年ほど前から私は北朝鮮の人たちを理解することが出来るようになって、愛を感じるようになってきました。そして、私と韓国の福音交友会というグループが北朝鮮に援助をする最初のグループです。

1995年の12月から食べ物、衣料品そして農業器具をたくさん北朝鮮に送っています。キム・ヨムサム大統領は私をあまり好きではありません。ですから何年間もの間、私は外国に出ることを赦されませんでした。でも、今の政府は北朝鮮に対してオープンです。それで2、3年前に私は北朝鮮を訪れて8日間ほどそこに滞在しました。

そして、私は心の内のあることをオープンにしました。私は政治的な意図を持って行ったわけでは有りません。私はただ北朝鮮の人々の生活状況に関心があったのです。勿論北朝鮮の政策については私は批判的です。それを私は敢えて勇気を持って批判したこともあります。でも、いつも私は付け加えます。「というのは、私はあなた方を愛しているからだ。」と。「そしてあなた方の生活状況、生活改善にとっても関心を持っているからだ。」と。

しかし、時々私たちの言っていることを彼らは理解できませんでした。でも次第に判ってくれて、最後は本当に理解してくれるようになりました。ですから北朝鮮の共産主義政権の人たちが、訪問の最後に別れる時に抱いて抱擁してくれました。

ですから、これが私のメッセージの結論です。私の人生の残りの部分が愛の架け橋となるように、また平和の架け橋となるように生きたいと願っています。昨年の9月11日の同時多発テロの事件以来、私はアフガニスタン、またイスラムの人たちにも本当に大きな関心を払うようになりました。

誰かが愛の架け橋に、平和の架け橋になっていかねばなりません。ですから私の人生の残りの部分をこの北朝鮮の人々、そして日本の人々、またアフガニスタンの人々、そしてイスラム圏に居る人たちの為に私は全力を尽くしたいと思っています。

それは、神様の御心だからです。それは神様が願っておられることです。それは神様の命令でもあります。私たちがお互いに愛しあうようになること、全ての人たちを受け入れ抱きしめること、全ての人たちを愛すること、貧しくとも又何の特徴も無い人たちも神様の御心です。

そして、私たちはとっても特別な機会が与えられようとしています。それはワールドカップです。これは全ての人々を受け入れて、抱きしめることが出来る素晴らしい機会だと思います。時々、オリンピックやワールドカップは弱い国、弱いチームを踏みつけ、潰すような場になることもあります。でもそうすべきではないと思います。

少なくとも、日本の教会、韓国の教会はそれをすべきでないと思います。全ての見捨てられている人たち、顧みられない人たち、貧しい人たちを受け入れ、抱擁していく人々であるべきです。ですから韓国の教会は韓国のサッカーチームだけを応援しません。全ての韓国の教会は韓国のチームではなくしてそれ以外のチームを応援します。そして日本のチームを応援します。そして中国のチームを。イスラムの国から来ているチームを。

そのようにして、私たちは神様の愛と平和を実践することが出来ます。ですから私たちはそのようにして神の歴史を作っていくことが出来ます。愛の歴史、平和の歴史です。皆さんもこの神の歴史の共同のパートナーとなることが出来ると思います。

神様の祝福が皆さんの上に豊にありますように。
ワタクシハ ミナサマヲ アイシテイマス


お祈りを致します。
憐れみ深い神さま。あなたの素晴らしい祝福をありがとうございます。あなたの民との愛の交わりを有難うございます。この本郷台キリスト教会をありがとうございます。そして祈りの教会をありがとうございます。愛しあう、そして捧げあう、助け合う教会をありがとうございます。

ですから、あなたの愛の霊をこの教会に豊に注いでください。和解、謙遜の霊をあなたが豊に注いでください。そしてあなたの愛の使命をまっとうしていくことが出来ますように助けて下さい。そして日本の教会と韓国の教会が愛し合うことが出来ますようにどうぞ助けてください。そして一緒に働くことが出来ますように。そしてあなたの愛と望みの活ける、輝けるモデルとしてください。この世界のモデルとしてくださいますように。

そしてこの素晴らしい礼拝の時をありがとうございます。みことばをありがとうございます。ですから、この場に居る全ての者をあなたのみ手に委ねます。あなたの栄光のためにどうぞ祝福し用いて下さい。

イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン!