2002年3月24日 和解礼拝式
“エペソ” 2章14〜16節

「“神と人との和解”」

“池田 博牧師” 宣教メッセージ

今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は エペソ人への手紙2章14節から16節です。新約聖書の343ページになります。

“エペソ”
2:14 キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、
2:15 ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、
2:16 また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

はい、聖書は以上です。

今日は、先程申上げましたように、遠いイギリスから又オーストラリアからも来ておられる24名の方々をお迎えして、こうして私たちの救い主でありそして天地万物の造り主であられる神様を礼拝できる恵みを共に感謝したいと思います。

特に、お客様の皆様は遠いところを旅なさり、また日本に来てからも、何箇所も移動されて、あるいはお疲れが出ておられるのかなーと思いますが、お疲れが無い様にと願っています。特にPOWの方々はご高齢でもありますので、体を壊さないようにと前前から祈らせて頂いておりました。でも昨日も大変元気でおられましたので、安心いたしました。最後まで良き旅が出来るようにとお祈りさせて頂きます。

今日はこうして大事な和解礼拝ということで、共に礼拝できることを嬉しく思っております。先ず、この朝私の心にあることを証しをさせて頂きたいと思っています。

去る3月10日、正確に言えば9日から10日でありますが、東京に大空襲、連合軍による大爆撃がありまして、1晩で十万人近い人が亡くなりました。私は東京に住んでおりました。その晩のことを良く見て知っています。少し離れたところに居りましたので、命は助かりました。でも、私が見る光景は夜でもありましたが、火の海でありました。

その火の海を見た時に、私はその時8歳でありました。それだけに子ども心にその火の恐ろしさ、戦争の恐ろしさを心の中に焼き付きました。その晩は私は眠ることが出来ませんでした。その光景は後の私の心の中にずーっと残りつづけたことでもありました。

やがて、家族全員で母方の田舎に引越しもいたしました。私はこうして戦争の恐怖を小さい時に体で覚えました。ですから戦争の大きな傷や苦しみだけが私の心の中に残ったことでありました。しばらくして、私は広島にアメリカが原爆を落とし、続いて長崎にも原爆を落としたことを知りました。

自分自身も幼いながら、心に大きな痛手を蒙り、更に日本中がひどい目に会わされた。そういうことから、私の子ども心に、その傷と憎しみが満ちてきたのを私は忘れることが出来ません。

しかし、やがて大人になりました。大人になって初めて韓国に行きました。そして韓国に行った時に、韓国に日本がしてきたことの過ち、残虐行為がどんなにひどいものであったかを私は知ることになりました。その酷さは想像を絶するものでありました。

そして、この度2月に急なことでありましたが、私ども夫婦はシンガポールに僅か2泊3日ではありますがお訪ねする機会が与えられました。それは今年2002年がシンガポールが日本によって陥落し占領された60周年の記念の式典があるということでありました。

そのことを恵子・ホームズさんから伺ったのであります。「日本から正式な政府代表とか来賓とかが誰も行っていない、それでせめて自分はそこに参列して悔い改めの祈りを捧げたい。」ということでありました。「誰か日本からも来れる人がいないでしょうか。」という問い合わせがあって、たまたま私は無理すれば時間を取れるということでありましたのでお訪ねしたことでありました。

私は何度かシンガポールに行ってはいたのですが、今回始めて日本がシンガポールにどんな事をしてきたかを知ることになりました。チャンギという処にある戦争博物館で行われました追悼礼拝に出席することが出来ました。そこにあった資料を私は見せていただきました。そしてそれがこの1冊の本にまとめられております。

私はその資料を見、又この本を見まして、もうー言葉に出ません。息が詰まりました。そして私は今日この処で、とても辛いのですが、本当は言いたくない、目を覆いたくなるのですが、でも当時日本がしてきた事がどんなことであったのかをご一緒に見てみたいと思いました。

特に POWの方々にとって昔の辛かったことを思い出すことになりますので、本当は見ないほうが良いのかも知れません。でも、日本人として私たちは見なければならない。そんな思いでご一緒に見たいと思っております。POWの方々、関係者の方々にはお許しを頂きたいと思います。

5枚ほどの写真と絵をお見せしたいと思います。先ず最初の2枚は写真です。これは日本軍がそれに逆らい従わなかった者達を銃殺する場面であります。遠くにいるのが銃殺されるシンガポールの捕虜です。次の画面は銃剣で刺し殺すところであります。説明を読みますと、従わなかった者への見せしめとしてこうしている。

そして後の2枚の絵は逆さずりにして容赦なく鞭を当てている場面であります。もう一つの場面は生爪をペンチかなにかで容赦なく剥がし取っている場面です。そして最後の写真です。生首です。こうして首を切り取ってシンガポールの8箇所に見せしめのためにこれが置かれていたということです。

皆さん。私は全く知りませんでした。日本がかって、韓国や中国あるいはフィリッピン、近隣の東南アジアにしていたことは聞いていましたが、遠いシンガポールにおいてまで、こういう事を、目を覆いたくなることが平気で行われていたということを私は知ったのであります。

この朝、私は本当に心痛む思いであります。もう一つのことは、ここにザ・ダークイヤーという本がありますがこれはシンガポールの教科書です。この教科書は小学校4年生になると全員に配られるものだそうです。この中に、やはり先程のあの残虐な部分は抜けていますが、でもそれに近いものは一杯あります。

そして、あの暗い時代を忘れないようにと小学校4年生という子どものうちから、風化させないように、しっかり心に刻むように、戦争は過去のことではなくして、現在のことであり、いつまた起こりうるか判らない、そのことを子どものうちからしっかり刻んでおかなければならないということにおいて、これが1年かけて学ぶ1冊の教科書です。

日本では考えられないことです。でも、東南アジアでこれが行われていることです。日本では戦争はもはや過去のこと、戦争はもう思い出さなくてもいい事として閉じています。でも、現実なのです。そして今日ここに来ておられるPOWの方々はどんなにか心を痛めておられることでしょうか。

一日たりとも、決して忘れることの出来ない事として心に大きな大きな傷となっていることを思わせられることであります。そのような中に有って、私はこうした方々をお迎えするに当たって、どのような心、どのような気持でお迎えしたら良いのか言葉がありません。

ここで私個人のことについて触れてみたいと思います。私の母の弟は軍人でした。情報によりますとパプアニューギニアで戦死したと伝えられています。私はその叔父がどんな人か一度も会った事がありません。しかし私はずーっと思っていました。「叔父は立派な軍人であった。そして国のために立派に戦って死んでいったのだ。」と。

そう教えられ、そう信じてきました。立派な写真もありました。しかし今思います。その叔父が戦死するまでどれだけの人を殺したのか、どんな残虐行為をしていたのか知りません。そして人は亡くなると美化してしまいます。私は叔父に付いても美化していました。しかし私は改めて知ります。戦争での残虐行為は軍人の中の極一部の人たちの行為では無いということを。改めて心に留めさせられております。

私はこの朝自分自身を省みても、自分の中にそして自分の身内にそのような人がいて、その血の繋がりがあって、それを否定することが出来ない。もし私が幾十年か早く生まれて、軍人となっていたならば、同じようなことをしたであろう。そのことを決して否定することが出来ない自分を見つけます。

それ故に私は日本人として、日本がしてきた数々の過ち、罪について心からお詫びしたいのであります。

この度も、6人のPOW,かって日本軍の捕虜として、どんなにか辛い思いをした方々、そして今ご高齢になられて、とても大変であったと思います。何よりもその残虐な行為の中にあって、体に、心にどんなにか癒しがたい傷を負っておられるでしょうか。それを持ちながら日本に来てくださったことを心から敬意を表するものであります。

今日はその方々への心からのお詫びを含めてお一人の方に前に出ていただいて、その方にそして全員の方々に対して心からお詫びを申上げたいと思います。よろしくお願いいたします。それではフランク・プラントンさん。


私は告白します。これまで日本が受けた被害や、身内に戦争で殺された人がいるということで、皆さんに対して許せない気持を一杯持っていたことをお赦し下さい。私は子どもであったのですが、あの悲惨な爆撃によって焼け死んだ人のことから「悪いのはアメリカだ。連合軍だ。日本は正しい。日本は神国だ。」と思って、アメリカや連合軍を憎んでいたことをお赦し下さい。

そして、私達と私達の国が皆様の心と体におわせ、特にPOWの方々に与えてしまった深い傷と痛みとを心からお詫びいたします。私達と私達の先輩の罪をどうぞお赦し下さい。私と今日ここに居る教会員全員心を一つになってお詫びいたします。お赦しください。心からお詫びいたします。私達の罪を、憎んできてしまった罪をお赦し下さい。


私達は皆さんをお迎えするに当たって、皆さん方の日本に来る思いがどんなものであったのかについて本当のところは判ってないと思います。日本に来るということが皆さんにとってどんなに大きな、高いハードルであったことか。日本という言葉を聞くだけでもう「そこには行きたくない。」

ある方のメモによると、白いご飯を見るだけで身震いがしたということでした。そういう辛い辛い日本に皆さん方が敢えてこの度おいで下さったということ自体の中に、私は皆さんに神様がどんなに大きな祝福を与えて下さることかと祈らずにはいられないのであります。

私達はそうした皆さん方に対して多くの傷のたったひとつでもいい、取り去っていただけるなら嬉しい。そのために出来るだけの事をさせて頂きたい。そのために心を尽くしたい。心を込めて愛想して頂きたい。そんな思いでこの度も迎えさせていただきました。

昨晩はホームステ-させて頂いて、皆さん方に少しでも心が通じるならばと、そんな思いであります。今日の礼拝もそのことを心から願って、祈りつつ備えさせて頂いたのであります。

もう一度最後に聖書のみことばに目を留めたいと思います。お読みしましたエペソ人への手紙の2章14節から16節です。もう一度お読みします。

「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」

ここで「キリストこそ私たちの平和です。」とあります。皆さん、誰一人平和を願わない人はありません。誰もが平和を求めております。しかし、私たちは平和を願っているのですが、しばしばその平和を得られず、逆に争いを引き起こし、あるいは仲違いをしてしまいます。

ましてや、心の中に傷を負ったり、心の中に傷を与えられているならば、どうしてそれを許すことが出来、平和をそこに確立することが出来るでしょうか。私自身が幼いうちでありましたが悲惨な状況を見た時に、戦争がいやだという以上にその戦争を起した加害者に対してどんなにか憎しみを持ったことでしょうか。

でも、改めてPOWの方々のことを見るときに、寒い北海道で雪の中に何時間も立たせられて、その中で日本の軍歌を歌わせられ、それが下手だと言っては鞭打たれたというそんな話しも伺いました。そんな信じられないような心の傷、痛手を負っている。私は小さい時に受けた傷が何時までも残っていて、それが取り除かれなくて、辛い思いをしました。

戦後、アメリカ軍が日本に入ってきて、日本を支配していました。それを進駐軍と呼んでいました。私はクラスの中で背が一番高かったのであだ名が進駐軍でありました。一番嫌いだったその進駐軍の名前をもって今で言うならばいじめであったでしょうか。とっても辛い思いをしました。私の傷に更に酢を注ぐような辛い思いをしました。

私にとってそんな傷が私の心、私の人生を大きく支配しておりました。それは自分の力や努力ではどうすることも出来ない姿でもありました。やがて私は一寸したきっかけで教会に行くようになりました。そこでイエス・キリストというお方を知りました。

イエス・キリストというお方がどんな人であるかについて、私は聖書を通して、お話しを通して段段に知っていったのであります。そして私の心を捉えたのはイエス・キリストの十字架の場面でありました。十字架それはイエス・キリストが磔にされて、両手両足に釘を打たれて、頭に棘の冠がかぶせられ、やがてわき腹に槍が刺されていきました。

その痛み、その苦しみそしてまた罵詈増減を浴びるその辱めはどんなことであったでしょうか。しかし、その中からキリストが発した言葉、それは祈りでありました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)

信じられないことでした。考えられないことでした。有り得ないことでした。でもそれはキリストの祈りでありました。私はその祈りを心に留め、その祈りを黙想し、その祈りに自分の心許せない心怒りの心を重ね合わせてみた時に、私の心の中に不思議な不思議な変化が起こって参りました。

許せない自分の心、怒りの自分の心がキリストの「父よ。彼らをお赦しください。」という祈りの言葉の中に私の心の中が包まれていきました。私の心の中が洗われていきました。私の心の中が融かされていきました。イエス・キリストの愛と許しの中にです。

こういうお方がこの世界に居られたのだ。こういうお方がこんな醜い私を招いてくださっているのだ。「彼らを赦してやってください。」と代わりに祈ってくださるキリストがそこに居られたのだ。私はそのイエス・キリストを受け入れました。そのイエス・キリストを信じました。私の心は平安になりました。平安に変えられていきました。

自分の力や努力ではどうすることも出来ないその心の傷をイエス・キリストの十字架が赦して下さいました、変えてくださいました。先程の聖書の言葉にありますが、隔ての壁とあります。キリストはその隔ての壁を取り除いて下さったとあります。何よりも私は自分自身が憎しみを持つことによって、神と自分との間の隔てが出来てしまった、だから神が誰であるかを判らなかったし、信じられなかったし、いや、神など居ないとすら思っていました。

そのようにして、罪が私と神の間を隔てていたことが判って参りました。そしてキリストの愛の中で隔ての壁、固い心の壁が取り除かれていくのが判りました。このイエス・キリスト、このイエス・キリストにおいて私たちは初めて和解することが出来る、初めて愛しあうことが出きる。素晴らしい道が備えられていることを私は身をもって知りました。

そしてそのイエス・キリストは2000年前にそのことを出しましたけれども、今も今日もこの処においても私たちに手を延べていて下さって、「父よ、彼らを赦してやってください。彼らはわたしの十字架における身代わりの死の故に彼らを赦してください。彼らの心の中に愛を与えて下さい。彼らの心を愛で満たしてください。」と祈ってくださっている。

そのことを思わずにはおれません。お一人おひとりに神の愛が豊に注がれて、新しい神の愛による生まれ変わりがなされるようにと心から願ってやまないのであります。


お祈りを致します。

天のお父様。今日このようにして、あなたはこの処に遠くイギリスから多くの方々をここに送り下さいまして、救い主イエス・キリストを礼拝する時を与えられました。感謝をいたします。そして今私たちは改めてあなたの前に祈る者であります。主よ、どうぞ私たちが、日本人がイギリスの多くのPOWの方々を苦しめたその罪をお赦し下さい。

日本人に殺されて家族にとって癒しがたいその痛みを持っている方々の心にどうぞ、神の愛が注がれますように。私たちが犯してしまったその罪をどうぞお赦し下さい。お願いを致します。人と人との間の隔ての壁を取り除いてください。人と人との間に和解があなたによって新しく生まれますように。どうぞ省みて下さい。お一人おひとりにどうぞあなたの愛が豊に注がれて、その愛でお互いが愛しあえるようにしてください。

先程お互いに本当に許しを確認しあったことでありますが、更にそのことを深くしてください。私たちと神との間の壁を取り除いてくださって神と和解をし、そして人と人と和解しあうことの出来る恵みへと導いて下さい。

私たちの救い主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン!