2002年4月7日 主日礼拝 
ローマ10:1

「奉献/土台は祈り」

“池田 博師” 宣教メッセージ

今日のメッセージの御言葉をお読みいたします。今朝は第1コリント3:10〜11、新約聖書の293ページです。

3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。
3:11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。

ハイ、聖書は以上であります。今日は奉献2周年と言うことであります。早いと言えば早いですね。でも、何かこの場所をずっと使っているような、そんな思いもしておりますけれども。まあ、今日奉献2周年と言うことで、この1週間振り返っておりました。その1つとして、まず、こちらに移ってから、あるいは洗礼を受けたり、あるいは転会をしたりした人がどれ位いるのか、一寸数字で見てみようかなあと思って数えてみました。

どの位いると思いますか。80人です。吃驚しましたね。毎年20人は洗礼を受けているわけですから。洗礼者だけでも40以上ですけれども、でもきちんと転会者を含めて数えて見ましたら、80人いると言うのです。

本当に素晴らしいことであり、感謝なことでありますが、でもまた、ああ、この方々はあの1999年6月23日から12月22日迄のあの大変なドラマ、これを知らない方々なんだ。それを見ていないんだ、とそんなふうなことを、感じたことであります。改めてまだ2年前と言うことを、80人の人がこうして知らないと言うことを思うときに、矢っ張り絶えず振り返り、それを又心に留め、そして、感謝もすると言うことは、大事であろうかなあ、とも思いました。

そんなことで振り返っておりましたけれども、まあ幾つか色々と思い起こされることがあります。今私たちは、こうしたゆったりとした感じで礼拝を守っておるわけでありますけれども、いや、あの平和台は窮屈でしたね。毎回、受付、案内の人達は、換気に気を付けていなければいけない。酸欠状態で息苦しくなって、顔が青白くなって、時に倒れたりしたりしたこともあったりして、ハラハラするような状態が特に寒い時に、暖房している中で本当に、顔色は大丈夫かなあ、と見ているそんな状況もありましたね。

ですから受付さんが何時も神経を使っていたわけですけれども、でも、それ以上に神経をピリピリさせていたのが、大野兄弟が中心になっておりましたけれども、駐車場です。皆さんが教会にどんどんやってくるので嬉しいのですけれども、同時に車でやって来る。車をどうしょうか。もう、これ以上1台も入らない。でも、又来たと言う感じですね。もう、お断りと言う感じしかないのですけれども、でも、その駐車場、入らないと言うことではなくして、どんどん来ることで、あの静かな平和台の住民に取っては、日曜日の朝早くからしょっちゅう車が出入りしている。どんなにか迷惑であったろうかなあ、と思いました。

ですから、1日も早く別の場所に、遠くにと教会をと、必死になって祈っていました。そして、その狭い場所で、受付奉仕もそうなのですけれども、讃美担当もその狭い講壇で讃美するのも大変でしたし、又放送関係も本当に狭い場所で一生懸命頑張っていると言うこともありました。私は何時も夜見ているのでありますけれども、毎週出来てくるテープを各地の方々に発送する、あるいはそのテープのラベル貼り、本当に夜遅くまで青年がやっている、そういう姿もしばしば見ました。

そして、又テープ起こし、これも見えないところで本当に毎週10時間前後を掛けて、数名の人が努力している姿。そして、又台所もあの狭い台所で昼食を作るのも、もうなぜかあそこが密閉状態でもって、こんな蒸し風呂は世界中にないのではないかと、思うような凄い蒸し風呂の中で汗だくになって食事を作る。皆は美味しいところで食べるわけですけれども、陰で本当に熱い中生み出されていることもありましたね。

そんなことを思った時に、平和台でもそうだったのですけれども、ここに移っても、様々なところで多くの方々の奉仕がある、と言うことを覚えたいなあと思いました。皆さん、この週報、先週から新しくなりましたけれども、この1枚の週報を作るために1週間何拾間掛かっている。と言うことです。

土曜日に刷り上がった、その刷り上がったのを、まあ大体450枚印刷しています。そして今日もOOさんもおられますけれども、平和台でやっている頃は、3ツ折りにして、丁寧に数時間掛けて何人かの人で折って、日曜日配られるということなのです。週報1枚でもそうです。先に“ホームページ”のことについて言いましたけれども、本当に皆さんが遅く迄掛かって、色んな人が誰でも見ることが出来るように、一生懸命奉仕をしていると言う、そう言ったことがあるわけであります。

こちらに来て、駐車場は楽になっのですが、でも、又むこう平和台と、ダイヤモンド・チャペルとミッション・ホールと色んなところを車で移動する。送迎とか、シャトルで動くとか、まあ、そう言った車の移動のためにも、この駐車場係や奉仕者が、皆で陰で一所懸命移動しているということであります。

後でも1枚絵も出ますけれども、まあ、PPTはもう前日から準備をして、そうした、1つ1つ陰での労苦があって、時間を掛けての労苦があって、又そして、祈られる中で1つ1つがこうして私たちはこの礼拝が教会の働きが支えられている。

まあ、その他にミニストリーの働きが沢山あります。このミニストリーの働きは使命と重荷をもって、やっております。ですから、もう時間外ですね。特にこの福祉関係の働きなんか時間に制限なくやって来て、夜でも出ていくというようなこともあります。訪問することもあり、又様々な悩みを聞いてあげる、と言うこともありすね。悩み相談の電話なんかは、本当に何時間も掛かると、と言ったこともあります。

こうして1つ1つ取り上げて見る時に本当に教会が1つそこにあると言うことは、主が地域の人々のために、痛んでいる、傷ついた魂のために、それを期待されて、そして、その業が成されているか、と言うことですね。そのことを改めて心に留めさせられることであります。

そして、考えて見る時に、このダイヤモンド・チャペルが、こうして2年前に与えられたことでありますけれども、駐車場のことや礼拝のことや、色んなことを考えた時に、どうしても、次の場所、新しい場所が必要だと言うことであったわけでありますけれども、でも、その次の場所、新しい場所、どこかに誰かがポント提供してくれたら、これは有り難いなあと思ったのですけれども、神様はそう言うふうにはなさらなかったのです。

本来のチャペル基金、その時は1,200万でした。そして、この場所は約7億と言う資産価値のあるそう言う場所。そこを神様は私たちに与えて下さった。いや、託して下さったのです。ポンとただで与えられたら、楽だったけれども、神様はそう言うふうにはなさらないのです。1,200万と7億を常識から考えたら、誰のどんな考えからも、それをやれるなんて、いや、それを考えるだけでも、そんなことは、もう無謀そのもの。

でも、神様はそれを託して下さった。神様は期待して下さった。さあ、私はこの地を愛している、私は魂を愛している、そして、それをあなた方に託そうとしている。さあ、今ここで立ち上がれるか、あなた方は主を期待して立ち上がれるか、主はそのように知らせて下さったのかなあ、とおもいます。

そして、本当に憐れみの中で、私たちも誰1人出来るとは思えないような中で、でも纏まった時に、あの9月17日の総会の時に、殆どが反対となっても、当然不思議のない中にあって、100名の中殆どか賛成して、それを承認することが出来た。いや、これは主だ。これは主以外考えられないと言う、そう言う私たちの決断ですね。

大事なことの決断がそうであり、そして、決断した以上、それを私たちは、しっかりと受け止めて行こうと言う決断でもありました。そして、どんでん返しのあの状態であったわけですけれども、これもきつかった。本当にきつかった。でも、私たちの下には、主の御手、永遠の御腕があったんだなあ、そう思い返す以外にない。ですから、1つ1つの足跡がそこに穏やかに、確かに、揺るぎない主の手があった。

主が託して下さって、期待して下さって、そして、それを主は、本当に私たちの小さな小さな、弱い弱い信仰でしたけれども、本当にに芥子(からし)だねのような信仰であったけれども、でも、それを大切に大切に育てて下さって、用いて下さって、そして、今ある。

まあ、先程、月井先生の言葉にもありましたけれども、私たちが継続して、なお戦って行かなければならないところであり、3年目の今年は9,000万と言う、壁があると言えばそうなのですけれども、でも、それに対しても、後で反省祈祷会の時に、具体的な数字が出て来ますけれども、何と25%は、既に色んな形で満たされている、と言うことですね。素晴らしい、本当に素晴らしいです。毎月ぎりぎりで返済会計がなされている上に、その上にこうした返済がなされていることが不思議です。

私はそうした1つ1つを振り返っている中で、そのどの1つを取っても、それは、主の御国への、天国への献げ物、天国へのそれぞれが貯えている大切な宝だと言うことを思わないではいられないのです。

主はそれを知っておられる。そんなことを感謝しながら、心に留めていた時に、私の中にすうっと37年前のことでありますけれども、私が神学校に入った2年生の時のことが思い起こされてまいりました。2年生になった時に新しい1年生を迎えました。その中に、1人のご老人が入って来たのです。ご老人と言ったのですけれども、その方は、65才位。私の年だ。老人なんて言うべきでないと思いまして、1人の中年の人が入って来ました。

しかも、アメリカからやって来たのです。なぜだろう、この年になって神学校にやって来たのだろう。そして、間もなくして、この方が、証しをなさいました。その証しに私は感動しました。なぜ今自分はここにいるのか、と言う証しでした。この方は日本からアメリカに移住した移民の方だったのです。

そして、苦労に苦労を重ねて、石材業で、成功して、立派な資産を作り出した。そして、むこうの日本人教会の役員をしておられた。だけれども、その石材業を息子さんに譲って、そして、日本で神学校に入ったと言うことです。その証しを通して感動しました。この方がある時夢を見た。その夢が自分の人生を変えた。

それは自分が召された夢だった。亡くなって、葬儀を終わって、そして、自分は天国に帰って行った。天国の前にいる自分。兄弟は、天国の外側から、天国の内側を見たら、何と美しい。燦然と宝石に輝いている天国。ああ、天国はこんなに素晴らしいんだ。そう見取れていた時に、門のところに1人の人がいて、そして、よくいらっしゃいましたと声を掛けてくれた。

で兄弟は喜んで、この天国に住めるのですか。ああ、住めますよどうぞ。あなたの名前は誰ですか、と聞かれて、わたしの名前はこうです、と言ったら、ハイ、分かりました。あなたの住む所へお連れしましょう、と言って、歩き出した、と言うのですね。

まあ、そうしたら、そこには、宝石がちりばめられた、色んな美しい建物が、目もくらむばかりの建物が一杯あったのです。でこの方はどんどん歩いた。やがて、今度は、金とか銀とか銅とか、何か金属の建物が出て来て、そして、更にどんどん歩いて行った。

そうしますと、今度は、金属ではなくして、木の建物が出て来た。木の立派な建物があって、そして、その方はさらにどんどん進んで行く、と言うのです。いや、どんどん様子が変わって来たのですけれども、私の住む辺はとの辺でしょうか、と聞いたら、いや、あなたの住む所はもっと先です、と行ってまたどんどん進んで行くんだそうです。

そうしますと、完成していない木の建物が、ちらちらと見えて来た、と言うのです。この辺には、完成していない建物もあるんだけれども、私の住む家はどこなんだろう。また、少々不安になって来て、私の住む家はどこにあるんでしょうか。いや、あなたの家はもっと先です。

又行ったら、とっても寂しくなって、出来ていない家があちらこちらにあって、そして、ある所でその人は止まった。あなたの住む所はここです。とこう言って、そして、ふと見たら、そこには家どころか、柱が4本立っているだけだ。

ここが私の住む家ですか。そうです。そして、その案内の人はこう言ったそうです。私たちは、あなた方がこの地上で、天国に建物を建てる材料を、送って来られたその材料で、天国は建物が建てられるのです。であなたのためにも、さあ材料を何時送って来るか、どれだけ送って来るかと一生懸命待ちに待っていた。でも、あなたの送って来た天国での材料は柱4本だけです。それを聞いた兄弟は、もう胸が痛んで、そこに泣き伏して倒れた。

そして、目が覚めた。兄弟はその夢を界にして、自分の人生をやり直そう。何と自分は今迄苦労はしたけれども、自分の事業、自分の仕事、自分の財産、自分の名誉のためにだけ生きてきた。あまりにも空しい自分の人生を、この人は振り返って、そして、全部それを譲って、そして、教会で熱心に仕え、そして、どうしても、自分の最後の人生を神様のために捧げたい。そして、何と母国日本に来て、そして、私たちの神学校に入学して来た。

質素な生活でしたね。そして、兄弟と話をする。それが私たちは楽しみでした。色んなことを人生経験の中から、教えられました。育まれました。37前のことであります。でも、私の中に刻まれて、忘れられない出来事です。

そして、兄弟ならずとも、私は、ああそうか。私たちのこの地上に置かれた人生で、私たちは、真に、このように自分に与えられた時間を、自分に与えられたエネルギーを、自分に与えられた財を、時間を捧げられるだろうか。それが天国の、成る程それが、どこまで、信じられるかは、別として、1つの大事な計りであるだろうなと、思わせられたのでした。

神様は、敢えて、ここにダイヤモンド・チャペルを与えてくださいました。そのためには、ドント与えられたならば、、私たちは楽して楽して、そして、これを用いてことが出来た筈なのに、7億も8億も私たちはそれをしなければならない。と言う中に置かれたと言う所に主の前向きの問いがある。投げかけがある。

いや、期待があってこそ、更に信頼があってこそ、主は託して下さった。そう、思わないではいられないですね。もし、私がこんな広い場所、平和台と違って、本当に飛び回って、遊ぶことが出来て、どんなことも出来てと言う感じですね。

皆さん、総建坪600坪あります。これだけでも、どんなに大きな、大事な、資産であるかと思います。それを私たちは自由に使えます。何のためにも使えます、どんなことにも使えます。

でも、これはもし自分たち教会のためにだけ、使っていたとするならば、それは、主の期待とは違うのではないだろうか。主が望んでおられることとは違うんではないだろうか。地域のために、人々のために、多くの人々のために用いられることは期待しておられるだろうな。そう思わないではいられないです。

昨日まで教会成長研修が行われました。昨日皆さんの歓送がありました。聞いていて、2つのことが目立ちました。1つはこの素晴らしい施設、何と言う何か天国にいるようなそんな思い出、ここで3日間過ごすことが出来ました。

何と言う素晴らしい環境でしょうか。と口々に感謝の言葉がありました。もう1つ、それは皆さんが仕えて下さっている皆さんが、喜んで仕えている。朝早く朝食から、夜遅い片づけに至るまで、喜んで仕えているその姿に感動しました。こんなに喜んで仕えている教会が日本にあるんだ。そう言う感動の嵐を聞きました。

そして、私は更に思いました。このところ立て続けの奉仕でしたね。遡れば、あの17日の召天者記念礼拝、そして、続いては和解礼拝、イギリスから24名の人がお見えになって、本当にホームステイから色んなことで、もう忙しい日々でもありました。そして、先週のイースター・礼拝でありました。

しかも、その超過密の中にあって、2つの葬儀が入ってまいりました。これは待ったなしです。でも、その葬儀を言うなれば、やりこなしました。1つ1つを見て本当に感動を覚えています。疲れ切ってもいます。でも、それは主への奉仕として1人1人が受け止めている。先週のイースター礼拝、もうこれ以上ないと言う過密なスケジュールで動きました。

私はそれも感動でした。そして、感動の中に、私は振り返った時に、感謝している中で、ふっと30年前のイースター礼拝のことを思い起こしました。その日のイースター。週報にイースター・礼拝と書いてありました。でも、イースター・エッグがあるわけではありませんでした。洗礼式があるわけではありませんでした。イースターの特別讃美があるわけではありませんでした。あったのは、イースターおめでとうございます。その1ことの挨拶だけでありました。

早く礼拝が終わって、そして、皆さん帰りました。私も家に帰りました。家で1人しょんぼり座っていました。私はふと心の中に、今日は日本中の多くの教会で、どんなにイースターを祝っているだろうか。どんなに喜んでいるだろうか。世界で、いや、天国で、主の御復活をどんなに喜んでいるだろうか。

でも、私は今こうして1人でここにいる。私はたまらない思いになりました。じっとしておれなくなりました。バイクに乗って、既にその時与えられていました今の平和台チャペル、あの場所に行きました。そこには、高田さんのおじいちゃんが立てた十字架が1本立っていました。今その絵を出してもらいます。私はその高田さんが立てた十字架の下に行きました。跪きました。そして、思い起こしました。改めて主よ、こうしてあなたは、この場所に素晴らしい所を与えて下さった。でも、今十字架があるだけです。

教会堂が立つでしょうか。何時立つでしょうか。本当に立つでしょうか。そんな思いでありました。そして、しかし、私は気を取り直して、主よ、今は野原です。何もありません。1本の十字架だけです。でもこの所に会堂を建てて下さい。この所で、そして、イースターを祝わせて下さい。忙しい程のイースターを祝わせて下さい。涙の中に私は祈りました。

そして、30年経って、先週のイースターは、これ以上ないと言う忙しさの中で、でも、喜んでいました。みんなで喜んでいました。私はイースター礼拝もそうでした。直ぐ後の婚約式も祝福されました。そして、又その後、あちらの部屋、こちらの部屋で、転会式の祝いがあって、そこにいて本当に皆さんが喜んでいました。受洗式の祝いがありました。そこに行っても喜んでいました。ああ、祝いの梯子だと言って、私も喜んで、ここでも食べ、あちらでも食べと言うことでもありました。でも、私は嬉しかった。

かつてしょんぼり何もない、祝いようにも祝いようがないその中に涙を流した、あの30年前が、不思議なようであり、しかし又大切な意味があるなと、そんなことを思わせられたことでもありました。神様はこうして、期待していらっしゃいます。祝福していらっしゃいます。

そのことを大事にして、しかし、それは私たちだけのものではなくして、もっともっといる、この地域にいる、何万、何十万の人々のためにこそ、この場所が用いられて行き、忙しさがもっと豊かになって、天国に宝を積んでいけるように、そのような教会として、そのような主に、兄弟姉妹として喜んで仕えるような、そして、それが天国にこそ宝を積める。

そう言う兄弟姉妹として、地上において、やあ、大変だった。でもあの大変さは、今こうして天国において喜ぶことが出来、振り返ることが出来るとは、何と幸いだ。そう言えるような、やがての天国を夢見ながら、期待しながら、歩んで行きたい、そう願って止まないのであります。


お祈りを致します。天のお父さま、感謝いたします。
こうして、私たちはあなたの深い摂理の中で不思議な、導きの中で、あなたの豊かな、又期待の中で1つ1つが導かれていることを感謝します。
お1人お1人を、どうぞ、主が覚えて下さい。あなたがどのような永遠のご計画の中にあって、今ここに置かれていますか、どう、あなたが期待下さっているでしょうか。
そこに応答させて下さい。
尊いイエスキリストの御名によってお祈り致します。
アーメン!