| 2002年10月20日 主日礼拝式 “ローマ人への手紙” 10章1節 「“収穫のために何をするのかC “池田博牧師” 宣教メッセージ |
| 今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は ローマ人への手紙10章1節
です。新約聖書の279ページになります。短いところですが、お読みします。 “ローマ”
御言葉は以上であります。パウロという人はビジョンを持つ人でした。そして多くの賜物も与えられておりましたが、その様々な賜物を用いての願いや期待があって、そして神様が何よりもそのパウロを用いておられるということを見ることができます。今日はそのことを見ていきたいと思っております。 神様はビジョンを与えてくださる方です。願いを起こさせてくださいます。そしてそれを実現に至らせるお方であると思います。パウロはビジョンを持つと言いましたが、神様はそのパウロに、救われた直後に既にそれを与えているということが分かります。 使徒の働きの9章の15節をお開きください。ここは有名な「パウロが復活の主に出会った」という出来事のところですが、その中の一つ、15節にこうあります。 “使徒”
とあります。神様はパウロに、救われたその直後に使命を与えている、ビジョンを与えている、ということが明確に分かります。このことは、神様は教会に対してもビジョンを持っておられ、また私たち一人一人に対してもビジョンを持っておられるというように見ることができます。 私たちの教会に神様は、ご存知のように「ミッション3000」というビジョンを与えてくださいました。これは今から8年前の1995年からスタートしました。「ミッション3000」と一言で言うわけですが、何かあまりにも大きなビジョンで、具体的にそれはどういうことなのだろうか?と、私自身そうですが、皆さんも当然そう考えたのではと思います。 私自身もそのビジョンが主から与えられた時に、自分の中にとても躊躇(ちゅうちょ)がありました。恐れがありました。それだけに本当に真剣に祈らされました。このことは具体的に、どういうふうにこの教会に、一人一人の中に適用されて、それが実現していくのかということについて、本当に真剣に祈らされたことであります。そのことを改めて思い起こしました。 私自身も以前に、そうしたあまりにも大きなビジョンを掲げる話を聞くと、眉唾(まゆつば)ではないかとか、大風呂敷ではないだろうかと、私の中にやはりそういう思いがよぎりました。 何かこう大きなことを言って、そして絵に書いた餅、絵空事でしかないというようになりかねないかとか、あるいはまた何か教会が事業でもするかのような、そういう印象を持ちかねないか、という思いもありました。 でもそんな中で神様は、「このミッション3000」というビジョンと同時に御言葉を与えてくださいました。それがマタイの9章の36節でありました。有名なところですね。 “マタイ”
というこのイエス様の御言葉です。イエス様が見られた、その群衆に対する目というものは、はっきりしているわけです。 私たちは教会という一つの交わりがあるわけです。クリスチャンとしての交わりがあります。そこからクリスチャンとして外を見たとき、教会の外には大勢の人々がいて、住んでいて、生活しているのです。1歩外に出れば、いわゆる群衆と言える人々と接するわけです。 そういう人々に対して、私たちはどういう目で見ているでしょうか?ともすると、多くの場合、文字通りそれは、群衆です。周りの人々、地域の人々、町の人々、区の人々、市の人々、という群がっている人々です。何かこう、大勢そこにいる集団として見ているのです。それ以上でないということが多いのかなと思います。私たちは確かに伝道するという使命を与えられているのですが、でもそんな大勢の群衆に何ができるだろうか?とも思います。 そして、その大勢の群衆を前にして、私たちは何かこう、教会とは別の世界というふうにして、「自分の中でも隔離してしまっている。そして割り切って考えてしまえば、彼らは彼らの世界、彼らは彼らの生き方がある。彼らはそうして生きている、楽しんでいて、それはそれでいい。」というふうに、どこかで見てしまわないだろうかと思います。 でもイエス様は違っていたのです。彼らは生きている、楽しんでいると、私たちが思っているそういう人々ですが、しかしイエス様の目から見たとき、彼らは傷ついている、彼らは痛んでいるのです。そして痛んでいる彼らに対してイエス様は、自らの心を放っておけなくて、彼らの痛みを痛み、彼らの傷を傷として自ら負って、そして彼らを深く深く憐れまれた、ということであります。 そういう目で周りを、そういう目で人々を見たときに、私たちはクリスチャンとして、私たちは教会として、地域や多くの人々に対して、それは群衆であり、多くの人々であり、何か教会と隔離された別な世界、というふうにして見てはなりません。そういう目で見たときに「ミッション3000」というビジョンが与えられたのです。この主からのビジョンは私たちに大事な問いかけをしています。 そういう中で、あなたは何を聞いて、どのように応答して、これに応えようとしていくのでしょうか?しかし私たちができることは、本当にわずかなことでしかなく、何ができるだろうか?、ということであったと思います。 私自身が、そういう大きなビジョンを与えられて、「これからそのビジョンに向かってどう行動していけるのか?」と思った時に、神様は本当に不思議に、1993年でありましたが、シンガポールで、素晴らしい祝福された教会があって、そこで3月に研修会が行われるというアピールがあったのです。 私は祈った中で、これは主が備えてくださった本当に良いチャンスだと思い、そこに月井先生と一緒に参加しました。それがやがて教会で取り入れていくセルの働きのセミナーであったわけです。 そのセルの働きを教会が取り入れていくことを通して、私たちのこの「ミッション3000」の働きの一つのベースが出来ました。働きの単位として牧会ファミリーがあって、ゾーンがあってという働きは、そこから生まれてきたということが言えると思います。これはとっても大事な、広がりを持っていく、神様から与えられたビジョンであると言うことができると思います。 そしてまたもう一つは、私たちが与えられている賜物や使命、そういうものを活かしていくミニストリーの働きです。地域に仕えていくために、ミニストリーを通して、私たちが、人々の間にそれぞれの与えられた賜物を生かしていく時に、地域との接点が持てる、地域に仕えることができていく、さらに人々のニーズに応えることができるであろう、ということです。 そうした働きも進められてきたわけでありますが、1年、1年と進んできて、今年は標語のように、「贖われた者がもう一度帰ってくる」という今年の標語とともに、「ミッション3000」のビジョンを、今年、神様は何をしようとしておられるのか?、何を期待してくださっているのか?、私たちは何をするのか?、ということを、主に聞きつつ、期待しつつ、ここまで進んできているわけです。 神様はこの年、様々なことを新たにチャレンジとして与えてくださったと思います。先程も「ファミリー・サポート・のあ」のことがありましたが、「のあ」の働き、これも以前から祈りの中にあって、一部の人たちが本当に重荷を持って取り組んできていました。 幼い子どもたちを、単に親が働くために保育所に預けるということだけでなくして、保育に欠けるという状況がいっぱい起きている現状を見させられ、身近にそれが起こっていることを知り、私たちは子どもを本当に大切に、主から託された中で育てていかなければならないであろうという重荷が与えられているのです。 そして、シャローム福音館において、4月からスタートしているわけです。今は貴重な、大切な、たった一人の赤ちゃんがいます。小さなスタートの始まりですが、神様の御心に適ったとても大切な働きであると信じているわけです。 先日も、それをこれからどういうふうにしていくのか、じっくり運営委員会と話し合って、何かこう疲れも飛ぶような、本当に真剣な話し合いを、せざるを得ない状況でありました。本当に皆さんに祈っていただかなければいけないと思います。 そして、今日はあまり触れませんけど、「作業所」の問題もあります。福祉ミニストリー、またシオンカウンセリング、そういう働きの延長の中で、前々から、一部の方々に作業所を通して、そこで働いて、収益を上げて、そしてそれを還元して、彼らを働く喜び、埋もれている人々を生きがいある人生へと導いていきたいという重荷が与えられております。 そしてもう一つ、今日のメッセージの中心になりますが、上渇きをもった青少年たちのためのスポーツ伝道です。今年の6月に、皆さんご存知のようにワールドカップがありました。世界は日本、韓国を中心に沸いたことでありました。この6月は、本当にめまぐるしく、よくぞあの1ヶ月みんな生きていたなあと思うほどの忙しい日々を過ごしました。 その真っ只中に、もう二人の兄弟を、神様は遣わしてくださったのです。この教会に、神様が、実は大事な客、大事な主の器として送ってくださった、それがオルテガさん親子であったわけです。ただでさえ、もうこの宿屋はいっぱいです。これ以上一人も泊まれませんという状況の中で、でも主が送られた器である故に受け入れたということでした。 でも実はそのことが、神様のこの年、そしてこれからの将来に向けて、そして神様の今年の目標の「贖われた者が帰ってくる」ことへの大事な器として主が送ってくださろうとしている人であったということに、私たちは少しずつ気付き始めたのです。 そして、私も神様が導いてくださったと確信して、この度アルゼンチンに行って参りました。アルゼンチンの国がどういう国か、知っているようで知らない。知っているのはアルゼンチンタンゴくらいかなという感じでありますよね。 ちょっと地図を見てみたいと思います。ご存知のブエノスアイレスが右下にあります。そして私が行ったところは、アルゼンチンのもう国境、ボリビアの国境に近い「フフイ」というところなんです。
ここがどういうところか全く知りませんね。ブエノスアイレスから2時間も飛行機で行って、そこからまた2時間バスに乗って、山奥のまた奥ですから、猿しか住んでいないところかなと思って行ったら、とんでもないことでした。やはり百聞は一見に如かず、ですね。行ってみなければわからなかったのですが、なんとそこはレデスマ市という"市"だったのです 。それで、私もそこで初めて知ったのですが、「レデスマ」という砂糖の工場があって、その砂糖工場はなんと世界一の生産を誇る工場なのだそうです。そこに国道があるんですが、国道沿い北と南に、なんと延々百数十kmが全部サトウキビ畑です。そして、もうその道路を走っていますと、5分おきに20mもあるような大きなトラックに満載したサトウキビがどんどん工場に運ばれていくのです。 畑を見ると、あのサトウキビが、まっさらな畑から芽が出た状態から、ある程度伸びた状態、それからもう刈ってもいい状態というように、全部そういう段階によって、サトウキビがいつでも刈り取れる状況があって、それから毎日トラック何十台というサトウキビが運ばれ、1日24時間、1年365日、休みなく生産していて、世界一の生産量なのだそうです。そんなところとは知りませんでした。 そこにオルテガさん親子、家族が住んでいるわけです。私はそこに伺って、そして教会として正式にお招きしたいということを、家族の皆さんにお話しを致しました。その時兄弟がまず改めてその招へいに対して、「分かりました。」と言ってくださいました。そして私の中には、本人以上に、本人のビジョンからスタートしたことでもあったわけですけれども、家族の皆さんの同意、それが大きいことでした。 ちょっとその家族の写真を見てみたいと思います。これがご家族です。オルテガさんご夫妻と子ども四人がおられます。私は奥様にお話をしました。奥様に、「この度のことについて、いかがなものでしょうか。」とお話をしました。そうしましたら奥様は、少し時間を置いて、こんなふうに言われました。 「私は3年前に日本から戻ってまいりました。それ以前5年日本におりました。でも、そこで私たちが受けた、実は、恵みもありましたけれども、それ以上に傷が大きく残りました。そして正直に私の気持ちを申しあげますと、私はアルゼンチンに帰ったその瞬間から日本のことを忘れようと思いました。そして忘れました。考えまいと思って考えませんでした。 でも6月に入って、主人の内に起こった大きな変化を通して、私は自分の心の内側をもう一度探られました。主人に対して、一人の牧師先生がある日出会って、そしてその牧師先生を通して、『あなたは日本に帰ってやらなければならないことがあるのではないでしょうか?』とそう言われたのです。」 私はその牧師先生に、今回直接お会いしました。お会いして、その具体的な話を聞いて、改めてこれが本当に主から出ているということを感じたのです。この先生が町を歩いていたら、ばったりとオルテガさんと会いしました。その時にこの牧師先生は、オルテガさんの心の深いところに、何かこう、主から語られていることがあると感じ、それで手を置いて祈りました。 祈っている中に導かれてきたのが、列王記Tの19章にある、エリヤがバアルの預言者を殺して、でも恐くなってホレブの山へ逃げて行ったところでした。「そのホレブの山で、エリヤは神様の声を聞いた。『あなたは、さあ、ダマスコへ行って、そこでしなければならないことをしなさい。』と言われた。」この牧師先生はオルテガさんに、そのエリヤへの言葉を、主から語られ、自分に語られた言葉としてオルテガさんに伝えました。オルテガさんはそれを聞いた時に、それを主からの声として受け止めたのです。 奥さんが言われました。「私はもうアルゼンチンに帰ったその瞬間から、日本のことは考えまい、思い出すまいと、そう決断したのです。そして私の主人はそれ以下であるはずがない。日本で受けた傷はもっともっと深かったはずです。その主人が日本に行くことへ決断したということ、これはもはや主からのものである以外に考えられません。そして私自身のことを今改めて申しあげさせていただければ、主人の喜びは私の喜びです。」 「主人の喜びは私の喜びです。」私はそれを聞いた瞬間、思わず涙が出てまいりました。主はオルテガさんの心を、そして夫人の心を捉えています。確かにそれは主から出ています。私は確認させていただきました。 そして、その家族との確認から始まって、もう1人、グスタボ兄弟のひとつ違いのパブロという弟さんもいるのですが、彼とも時間をかけました。彼も喜んでいました。「自分もいずれ日本に行きたい。スポーツ・ドクターになって日本に行きたい。」と彼は話していました。 そして私はそこに行って、さらにいろいろなことが見えてきました。それは、オルテガさん家族、そしてオルテガさんという存在が、どんなに大きな存在、大事な存在、誰もこれに変わることのできない存在であるか、ということを知ってきました。 兄弟のご両親、それからおばあちゃん、奥さんのご両親、そして兄弟たち、もうその親族が大勢いて、しかもその親族の交わりがとっても密で、最低でも週1回、多いときは2回、3回と一緒に集まって、大勢で交わりをして、食事を共にしているということでありました。 私はそのことを聞いて、時間をかけてじっくり、まずオルテガさんのご両親とお会いし、そしてまた12月に結婚するという、遠いところから来てくださった、オルテガさんの妹さん、その方々にも時間をかけました。そしてまた奥様のご両親、また奥様のご兄弟、皆さんとも時間をかけてお話をさせていただきました。そして、一族皆さんが了承してくださいました。 皆さんがクリスチャンホームで、素晴らしい信仰を持っておられて、すぐ手を互いに取り合って祈り合っている姿がありました。私は兄弟がいかに主から召しをいただいて日本に行こうとしているのか、そこに働いている主がどんなに素晴らしい主であるのかを感じました。「本当に教会あげて、期待して待っています。」という一連の話をしていく時に、みんな涙の中に、感動の中に、彼らはそれを受け止めようとしていました。 しかしオルテガさんが日本に来るということは、その大黒柱が引き抜かれて日本に来てしまうということであります。精神的にも、経済的にも、そしていろんな意味で中心であり、頼られていて期待されているオルテガさんです。 最後に、多くの豚を飼われているのですが、そこにも行きました。これは誰が飼育しているのかと思えば、オルテガさんが主に勉強しながらやっているとのことです。それも人に託しながら、25,000uのその広い土地を全部渡して、そして日本にやって来るのです。知れば知るほど、日本に来るということの上に払われる犠牲がどんなに大きいか、改めて知りました。でも彼は主の声に従っているんですね。 そして、神様は、もう一つ大事な光景をみさせてくださいました。私が行ったということで、このフフイからさらに200kmくらい北の方の、ウマワカという標高3000mのところに行きまして、そして一泊そこに泊まって、良き静かな交わりの時を持ちました。 その町での出来事でありました。私にとって象徴的でありました。そこはインディアンも住んでいるという貧しい部落です。 私たちが歩いておりましたら、小さな子どもがまとわりついてくるのです。そうしますと、しばらくしたらオルテガさんがみんなを止めて、そしてその子を真ん中に輪になったのです。そうしたら、やがてその子がおもむろに喋りだしたのです。 残念ながら日本語でないので何喋っているかわからないのですが。話し終わるか、終わる前の途中からでしたけれども、オルテガさんの目を見ると涙が流れているのです。それで後で、「彼は何を話したんですか?」と聞きました。 まだ5才くらいの子どもでした。彼はアルゼンチンの悲しい歴史を語りました。彼は自分の親族、家族一人一人の悲しい、貧しい状態を語りました。彼はまだ5才ですが、こうして語り部のようにして語りました。でもどのように覚えたかその語り部の、その語りを通して、そしてなにがしかもらうお金を、自分の生活、家族の支えにしている、ということでありました。終わった後、彼はポケットからお金をあげていました。 今度は車に乗って別なところに行こうとした時に、本当に貧しい格好をした1人の男の子が寄ってきて、そして窓を叩くのです。オルテガさんがおもむろに開けて、何かやっぱり話をしているのです。そのうちに何かこう、紙きれを出して、そこに彼に書かせているんですね。 それで後で、「どういうことですか?。」と聞きました、。「彼は小学生ですが、『鉛筆がなく、紙がないので、学校に行って勉強ができないのです。だから何か鉛筆でも紙でも欲しい。』と言ってきました。でも私は、『今手元にないから、住所を書きなさい。後で勉強道具を送ってあげよう。』ということで、彼に住所を書かせていました。」とのことでした。 オルテガさん、彼はこのフフイ一帯では誰も知らない人はいない有名人であります。そしてどんな贅沢をしてもいいはずの、もう世界一流のプロサッカー選手です。でも彼は休みがあればいつも家に帰ってきて、そして親と、兄弟と、親戚との交わりの中で、足りないと言えばそれを助け、必要だと言えば大工仕事をして、何でもしている、やってあげている、そういう人なのです。 そして貧しい子どもたちが、なんでこう寄ってくるんだろうかと思うような状況を、でも受け入れています。そして愛を表しています。私はその中にキリストの愛を見ました。キリストの憐れみの心を見ました。小さな者に水一杯を差し出す、その心を見ました。そして、そういう方をアルゼンチンから今日本に、そして本郷台に送ろうとしていてくださっている神様の手を覚えたことでありました。 私はひとつひとつの出来事の中に、神様が持っておられるみ思いと、ご計画がどんなに深いものか、既に日本に50日間滞在した中で、私たちは彼の中に、神様の本当に憐れみの豊かさを見たことでありましたけれども、私はアルゼンチンに行って、この目で改めて深く刻まれたことでありました。 主はミッション3000のビジョンのために、ご自身が与えてくださったそのビジョンの故に、このような器を地球の反対側からでもこうして送ってくださるのです。どんなにこの教会を愛してくださっているか、1人1人にどんなに期待していてくださっているのか、これはそういう素晴らしい人が来るということ以上に、主は一人一人に期待してくださっている、同じように期待してくださっているのであります。 あなたは主のために、永遠のために、御国のために、どのような犠牲をもって仕えられるでしょうか?ミッション3000という具体的なビジョンが与えられたから、神様はそこに、永遠に変わらない祝福される奉仕の場、与える場、仕える場、それを備えてくださっています。 さあ、あなたの献身はどうでしょうか?あなたはどのように主に仕えようとしておられるのでしょうか?それが改めて問われている、そのように思わせられたことでありました。私たちの持っているものはわずかかもしれません。でもそのわずかのレプタ二つを主は喜ばれます。 まして与えられている賜物があるでしょうか?それを主は、あなたは何のために使うでしょうか?と問われているのです。私たちが生涯を通してそれを自分のためにだけ使い果たしたとするならば、やがて私たちは、浪費をした人生でしかありません。 私たちの人生が永遠に残るものとして、永遠に主に覚えられる人生として、主が、さあここに、あなたの人生、あなたの永遠を、主によって祝福される場が備えられているということを、オルテガさんという大事なお手本を通して、私たちに大事な問いかけをしていてくださる、そう思えてならないのであります。 お祈りを致します。 天のお父様、あなたは1人の人 パウロ、1人の人オルテガさん、そして私たち一人一人に、あなたはご自身の持っておられるビジョンを託そうとしておられることを覚えます。どうぞ主よ、あなたが、今日また改めて主の前に一人一人が出されておりますが、その前で応答できる者としてください。 主よ、何をもってあなたに仕え、どのような生涯、人生を送ろうとしているのか、主が全てを与え尽くしてくださった、そのことに私たちは何を持ってお応えできるのでしょうか?どうぞ主が臨んでください。一人一人に語りかけてください。イエス・キリストの御名によってお祈り致します。 尊いイエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン! |