2003年1月19日 主日礼拝式
“使徒の働き” 18章9〜11節

「“この街を福音で満たすB”」

“池田博主任牧師” 宣教メッセージ

今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は 新約聖書、使徒の働き18章、 です。新約聖書の243ページになります。

“使徒”
18:9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。
18:10 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。
18:11 そこでパウロは、1年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。

聖書は以上です。つい先日、先祖代々この町に住んで、もう400年を越えているという方をお訪ねしました。町の有力者でもある方ですが、お話をしていく中で、やはり長く土地に住んでいる方の土地に対する愛着と言いましょうか、土地を愛し、山を、自然を愛し、そしてまたそこに住む人々を愛しているという、何かそういうものを肌で感じる一時でもありました。

現代では、一つの場所に長く住む、何代も、何十代も住む、というのはとても稀なことではないか、と思います。今日ここには多くの方がおられますが、この町に何十代も住んでいるという方はおられないかもしれないですね。多くは他から移り住んできたり、転勤で移り住んできて、またどこかに行くかもしれないという、そういう人も多いかと思います。

私も振返ってみると、7回ないし8回は移り住んでいるんですね。ですから言わば「転勤族かな?」と思ったり致します。しかし、1969年から横浜に住んで、私は今年で33年を越えてきているので、そういう意味では「浜っ子」かもしれません。

「江戸っ子」というのは三代住まないと「江戸っ子」とは言わないと言いますね。「浜っ子」はどうでしょうか?1代目と言えばそうですが、でも30年を越えて住んでおりますので、何か土地に対する愛着、ここに本当に長く住むことに対する、いろいろな喜びや楽しみを感じてもいます。

町に住むというのは、やはり意味があるという風に思います。今年の標語は「この町は世界の国々の間で、私にとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。」です。聖書を見てまいりますと、「町」、この「町」というのがしばしば出てまいります。

先程読みました個所でも、「この町には、わたしの民がたくさんいる」とありましたが、「町」というのが聖書の中では大事な一つの単位として、神の愛の対象として考えられている、ということに気がつかせられます。

転勤をしながら転々としておりますと、いろいろな所に住み、いろいろな町を知り、いろいろな経験ができて、それなりの良さがあるとは思いますね。でもそれは同時に、一つの町に長く住み、そこで愛着を感じ、そしてそこが文字通り、ホームタウン、故郷(ふるさと)になるという実感がなかなか味わえないことがあるとも思います。

昨日は、この場所のもともとの大家さんのお宅を訪ねました。帰りに車で通りましたら、畑で耕しているのを見かけたものですから、ちょっと車を止めて声かけをしました。「寄ってきなさい。」と椅子を出してきてくださり、「まあまあ、座んなさい。」と言って、陽射しが暖かい中、日を浴びながら小1時間、いろいろな話をしました。

「ここのお宅は古いんですけど、どの位住んでますか?」と言いましたら、「およそ350年かな?」と言うんですよね。「それ以上はどうなってるか分からない。」とこう言うんですね。

土地の人ですから、「本当に町はいい。土地はいい。畑はいい。」と話されました。そしてやはり、本当に土地に愛着を感じている人は、そこに住む人を受け入れる、心から受け入れている、とそう思いました。

仕事をしている最中に、通りがかりの私に、「まあまあ、いいじゃないか。」とお茶を出して、しばし歓談できる心のゆとりがあるといいましょうか。やはり土地を愛している人は、その土地に住む一人一人も愛している、一人一人も受け入れている、とそう感じました。

忙しくて、仕事から仕事、時間から時間、余裕のない中で、スポッと何かそこに空間があって、そして本当にゆったりとした、時間に縛られない一時を過ごした、本当に良い時でもありました。そこからいろいろな話しに発展して、とっても素晴らしい神様の時だった、と思いました。

今日のところに目を移して考えてみたいと思っておりますが、もう一度、18章9節、10節を読んでみます。

“使徒”
18:9 ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。
18:10 わたしがあなたとともにいるのだ。誰もあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた。

夜、幻のうちに、主がパウロに語ったとあります。特別な主の現われがあったということです。中心は、「この町には、私の民がたくさんいる。」というところにあると思います。「この町には、私の民がたくさんいる。だからパウロよ、あなたは恐れないで語りなさい。」と励ましているわけですね。

焦点は町にありますが、そこに今来ているパウロ、そこに伝道に来ているパウロです。そこに住み、言わば仕事のためにそこにいるパウロに対して、主は恐れないで語れとこう言っているのです。その言葉を通して、「アッ、パウロは恐れているんだ。」ということが分かりますね。

パウロという人は、聖書を見てみますと、恐れを知らない人です。この人に恐れという言葉は不要なのかなと思うほど勇敢な人、恐れない人ですね。そして迫害にも耐える人ということが言える、そういう人ですね。でもそのパウロにも恐れがある、ということを今ここで知ることができます。

「何を恐れているんだろうか?」、「どうしてパウロは恐れているんだろうか?」、そんなことを思いますが、それを少し探ってみますと、何か大切なことがあるように思いますね。私たちは、「パウロのように恐れを知らないという人はあまりいないんじゃないか?」と思います。

私たちはいっぱい恐れをもつ者、しばしば恐れる者です。それが私たちです。恐れをもつ私たち、しばしば恐れに捕らわれる自分ということを思った時、パウロのこの恐れる経験という中に、聞くべき私たちへのメッセージがあると思います。

ここでパウロが恐れを感じた背景を少し見てみます。まず場所はどこかと言いますと、18章1節を見てみますとこうあります。

“使徒”
18:1 その後、パウロはアテネを去って、コリントへ行った。

ですからこの場所はコリントであるということが分かります。後にパウロはそのコリントの教会に宛てた手紙を二つ書くわけです。そしてその手紙を見ていきますと、その手紙の中にこのパウロの恐れが何であったのか、ということが、まず一つわかります。

そこに目を留めてみたいと思います。コリント人への手紙第1の2章1節から少しお読みいたします。

“コリントT”
2:1 さて兄弟たち。私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。
2:2 なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。
2:3 あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。
2:4 そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。
2:5 それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。

特にこの3節に、「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。」とあります。

まずここで、先程主がパウロに、恐れないでと言っているのは、パウロの心の深いところに持っている恐れに対してかけられた言葉、ということが分かります。でもここは、そのパウロ自身が、自分の持っている恐れる心を、隠さずに見せている、さらけ出している、オープンにしている、という事がわかります。ここにまず心に留めさせられます。

パウロは勇敢な人、恐れない人、迫害をビクともしないという、そういう人です。だから、「人にそう見られているから、自分も自称そうだから、だから何があっても絶対弱音は吐かない、弱いところは見せない、見せてはならない。」と自分に言い聞かせ、弱音を吐かないかというと、そうではないことが分かるわけです。

自分の内側に持っているウィークポイント、弱さ、ここは駄目だと思うところを、素直に出しているのです。素直に人に見せているのです。そこに大事なポイントがあると思います。

パウロは、何故ここでそういうことを言っているのだろうか?ということを見てみたいと思います。もう一度、「使徒の働き」の方に戻り、先程読みました18章9節を見てみますと、実はこのパウロという人は、コリントに行く前に、同じギリシャのアテネというところにいたことがわかります。

アテネ、皆さん、そこは歴史で有名です。ギリシャ、ギリシャの文化、文明です。哲学、あるいはその他あらゆる分野でギリシャの優れた文化は、今日まで世界の冠たるものがあるということが言えるわけです。

その17章16節以下に、アテネでパウロが人々の前でイエス・キリストを証ししたことが書かれてあります。17章16節〜18節を見てみます。

“使徒”
17:16 さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。
17:17 そこでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場では毎日そこに居合わせた人たちと論じた。
17:18 エピクロス派とストア派の哲学者たちも幾人かいて、パウロと論じ合っていたが、その中のある者たちは、『このおしゃべりは、何を言うつもりなのか。』と言い、ほかの者たちは、『彼は外国の神々を伝えているらしい。』と言った。パウロがイエスと復活とを宣べ伝えたからである。」

パウロは一生懸命、熱心に、イエス・キリストを伝えたわけですが、ギリシャの哲学者たち、彼らの目からするならば、あるいはもっと彼らのレベルからするならば、「外国の神々を伝えているらしい」という程度にしか見ていないのです。そして「このおしゃべりは何を言うつもりか」と言っているのです。このおしゃべりというのは、文語訳では、さえずるもの、小鳥のさえずり、とこう言っているのです。

パウロも熱心に、熱を込めて語っているのですが、聞いている人々は、このおしゃべりは何を言おうとしているのかな、そんな感じでしか受けとめていないのです。そしてさらに、その先の32節を見ますと、そこにはこうあります。

“使徒”
6:11 死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、ほかの者たちは、「このことについては、またいつか聞くことにしよう。」と言った。

あざ笑った、というんですね。せせら笑った。鼻で笑った、そんな感じですね。

私がこうしてここに立って話しています。「フン、フン」と、皆さんがそんな反応をしたら、私は「もうやめたい」と思います。皆さんがこうして本当に真剣に聞いてくださるからこそ語れるのです。パウロはあざ笑われていたんですね。さしものパウロもそういう中で恐れを感じていくんですね。

そして今度は、このコリント人への手紙第2の10章10節を見ますと、こういう風に言われているのがわかります。

“コリントU”
10:10 彼らは言います。「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会ったばあいの彼は弱々しく、その話しぶりは、なっていない。」

こう言われているのです。伝道者です。説教者です。でもその説教者、伝道者に向かって話しぶりはなってないというのです。哲学者の、起承転結の話からするならば、彼の話は何にも型にはまってない、ただのおしゃべりだ、と言われているのです。ですからパウロはそこで本当に恐れたのですね。

先程の第1コリントの2章3節の言葉のところは、別の新共同訳を読みますと、こういう風に訳されています。「衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。」こうあるのです。いかに彼の恐れおののく姿が、極限的なものであるか、ということがよくわかります。

リビングバイブルを読んで見ますと、「弱々しく、おずおずふるえおののく。」と書いてあるのです。「おずおずふるえおののく。」、パウロらしくないと言われればそうですし、「パウロがそんなところをもっていたんだろうか?」と思われるようなところであります。

でも、これはとっても大事なところです。誰しも恐れを持たない人はいないですね。皆さんどうでしょうか?皆さんはどういうところで恐れを感じたりするでしょうか?ある人は学歴の高い人の前に出ると、なんか恐れるっていう人もいますね?その道の達人、スペシャリストの前に立つと言葉が出なくなってしまうという人もいますよね?

あるいは、外国人を見ると逃げ出したくなる、あるいはまたある人は、声の大きい人の前に出ると鳥肌が立って話せなくなる、体の大きい人の前に出るともうすくんでしまうとか、それぞれに自分の弱さがあるのではないでしょうか?

そして私たちはその弱さの故に、時に自己卑下し、自分の弱さの中に自分が埋没してしまって、「俺はだめなんだ。」と思ってしまったりしやすいですね。しかしパウロは、その弱さの前に、虚勢を張ったのでなく、一つのはっきりとしたところへと導かれていくのです。それは第1コリント2章2節に書かれています。

“コリントT”
2:2 なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。

パウロという人は、強い人でした。もう絶対後には引かない、そういう人でした。でもこうして弱さを知った時に、その弱さも真正面に向き合って、弱さの前の自分をきちっと見据えて、自己対峙をして、キチッと向きあっているのですね。

そして向きあって、何がそこから引き出されてきたでしょうか?どこにいったでしょうか?十字架でした。彼は人生の中で十字架に出会いました。イエス・キリストの十字架に出会いました。イエス・キリストの十字架によって救われました。十字架を通してこんな罪深い者でも救われる、という経験をしました。

彼はあらかじめ、そんなことは知っていたはずだったのですが、彼の生涯を貫いていたはずだったのですが、でも今、とことん自分の弱さと向き合った時に、「自分をそこで支えているもの、そこでなお立ち得るもの、それはこの十字架だ。この十字架以外ない。イエス・キリストの十字架だ。」ということがより明確に見えてきたのです。

そして、「『私はどこへ行っても、誰の前でもこの十字架を誇り、この十字架を通して与えられた恵みを語る。あなたがたが私をどう見ようとも、どうあざけろうとも、その私を十字架が救ってくれた、その私を十字架が見事に支えてくれているんだ。』とそう言いきれるその時、人々は動かされていく。その原点をはっきりとここで知った。」ということがわかります。「十字架を知る恵みとは、なんと深いことだろうか!」と思います。

佐藤寛二兄が今入院中です。彼は、極限の病状の中にありますが、でも支えられているんですね。そして輝いているんですよ。以前教会で見る兄弟と、今病院でギリギリのところにいる兄弟との間には、天と地ほどの違いを感じるほど、彼は今輝いているんですね。

そして見事に死を乗り越えているのです。イエス・キリストによって与えられた救いの故に、イエス・キリストを通して、十字架を通して、復活を通して与えられている天国への希望の故に、今輝いているのです。

訪れる者が皆そこで、兄弟の中に天国が開かれていることを見せられるのです。弱さに向き合って、そこから乗り越えた時に、なんと素晴らしい輝きがそこから与えられてくるのでしょうか!そうした病の極限、私たちが直面する様々な弱さの極限を通して、実は私たちは本当の強さを知っていく、ということが分かります。

パウロという人は、そういう中からやがてこのように自分のことを言います。コリント第2の12章9節、10節です。

“コリントU”
12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。
ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。
なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

弱さを素直に認めて、その弱さの故にそれをさらけだして神の前に出る時に、神はその弱さにこそ目を留めてくださって、弱さの中にこそご自身の強さをもっておおってくださます。そしてそこで不思議なほどに、「自分が支えられる、不思議なほどに自分に平安が与えられる、それ故に私は喜んで弱さを誇りましょう。」とやせがまんではなくして、無理してではなくして、心底そう言えるように変えられたのです。

弱さを素直に認めた時に、そこから始まる主の強さの恵みをしっかりと掴んだのです。なんという秘訣を心得た生き方でしょうか!恐れないで語りつづけよと言われる、その主のメッセージが、私たちに大事なことを教えている、とそう思います。

それからもう一点ですが、それは先程最初に触れましたように、「この町には、わたしの民がたくさんいる。」と主は言われたというところであります。主は町を愛しておられるのです。町に愛着を持っておられるのです。

ここも皆さんはどう思われるでしょうか?「この町には、わたしの民がたくさんいる。」とこう言っておられるのですね。人々と言うよりも町と言っているんですね。町、そこはいろんな人が住んでいる町ですね。1月号の月報に書かせていただきましたが、「主は町を見てくださるんだ、町を愛してくださるんだ。」ということを思います。

そして皆さん、ここでいう町とはどこの町でしょうか?それはコリントの町です。コリントの町、それはあのギリシャの一つの中心の街。アテネも偶像に満ちた町ですが、コリントも負けず劣らず偶像に満ちた、人の数ほど偶像があると言われる、日本以上に偶像があると言われる、そういう町です。

そしてコリントの町、それは不品行の代名詞ともなっている町です。ですから、コリントの町に住むということは、「イコール不品行な人」と言われてしまうほど、この町は淫蕩の町なのです。でもその町に対して、ここで主は、この町に私の民がいる、しかもたくさんいると言ってくださっているのですね。

全国を転々としていろいろな町に住んでみると、「この町には二度と住みたくない。」「ここはいやだ。」とか、「肌に合わない」とか、「生に合わない」とか、いろいろな感覚を持つのかなと思います。

その最たるものがコリントの町です。二度と住みたくないと誰しもが思う、コリントの町。でもそこを主は愛してくださっているのです。

パウロも、18章6節を見てみますと、こう言っているんですね。

“使徒”
18:6 しかし、彼らが反抗して暴言を吐いたので、パウロは着物を振り払って、「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のほうに行く。」と言った。

おおよそ9節のパウロからは想像できない、6節のこのパウロの態度です。パウロの強さが如実に表れているところであります。

着物を振り払って、「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。」、こう言っているのは、そこに住んでいるユダヤ人に対してですが、でも同時に、そのことは、この淫蕩の町コリントに住んでいるユダヤ人は、コリント人と同じように汚れている、だからもはやこの町にはいないと言わずにはいられない、パウロの心情がそこにあります。

パウロの弱さの中にあって、「もうそこにはいたくない。」と思うコリントの町です。言わば転勤族で、町から町、村から村、国から国へと、彼は次々と移動していくわけですから、もう次の町に行って、そこで伝道すればそれでいいとどこかで思っているかもしれない、そういうパウロに対して、主は「そうではない。」と言うのです。

皆さんがこの町に住んだのは、転勤のためでしょうか?家をたまたま買ったから、マンションを買ったから、結婚したから、いろんな事情でここに来たのかと思います。そしてまた転勤でどこかへ行くかもしれない、家を建てて他に住みたい、そういう人もいるかもしれませんね。

でもここに置かれたのはだれでしょうか?主です。主があなたをこの町に置いてくださったのです。その限りにおいて、主が愛しているこの町を、主の心をもって愛することが今私たちに求められていると思います。「この町は、世界の国々の間で、私にとって喜びの名となる。」と言ってくださっているのです。この飯島の町が、公田の町が、栄区の町が、です。

昨日私は、「公田町とか飯島町にどの位歴史があるのか?」と思い、特に、「この公田という町は歴史があるかな?」という感じがしまして、町の歴史の本を借りまして、いろいろ読んで見ました。

鎌倉時代にさかのぼって、「鎌倉幕府の、何か公家たちの田んぼでもあって、公田となったのかな?」と思ったりしたのですが、でも調べてみたら、もっともっと古いんですね。公田というのは、班田収授法という、あの大宝律令とかの、700年代、奈良時代から平安時代にかけてのあの律令時代の名前だというのです。驚きましたね。

ですから、「ああ古い町なんだ。」と知りました。そこに住んで、その町を知り始めた時に、何かそこに新たな愛着を感じないではいられないと思いました。

そこに住むようになり、そこに住まわせてくださった神様の前に、この町を愛し、町の人々を愛し、そこに私たちは仕えていく時に、そこで主は、この町をご自身の喜びの名としてくださると思いました。

そう思った時に、私は、この町を本当に愛することを改めて大切である、と思ったのです。そして町を愛する時に、人々を愛することにつながり、人々を愛する時に、そこにコンタクト、つながりができてきます。

この町のために、神様はなんとアルゼンチンからも、オルテガさん家族を送ってくださっているのです。「何という不思議」と思うのです。オルテガさんもいろんな辛いところを通ってきたのですが、でもどうしても日本が離れなくて、離れられなくて、そして祈ったのです。神様は遣わされました。ある牧師先生を通してここに送ってくださって、そしてこのようにこの町の住民となっているのです。

神様は、そのようにして一人一人をここに送ってくださって、「この町を愛し、この町を主の喜びの名としよう!栄誉となり栄えとなるためだ。」と言ってくださるのです。

私たちもその町の一人の住人です。その町に置かれた主の民として、私たちはこの年、そしてこれからの主の働きの前に、主の喜ばれる働き人とならせていただきたいのであります。それはすなわち、皆さん一人一人の祝福でもあります。

皆様方それぞれのご家族の祝福と必ずなっていくのです。パウロ自身がそうだったように、本当に主は私たちを祝福しようとしてくださっていますね。そうでなければ私たちは喜びの福音を伝えられません。

自分が自分の生活の中で、家族の中で祝福されてこそ、喜びの名となり、喜びの訪れを伝えられるようになっていきます。そのことをしっかり見上げていきたいのであります。


お祈りを致します。

天のお父様、今日このようにしてあなたが備えてくださいました礼拝を感謝します。あなたがこの町にはわたしの民がたくさんいると言われましたが、町を愛してくださっていることを感謝いたします。

私たちはまた、あなたのみ旨に従って、町を愛し、人々を愛し、仕えることのできる者とさせてくださいますように、お一人お一人をどうぞ主がお導きください。

尊いイエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン!