2003年6月1日 主日礼拝式
“使徒の働き” 17章1〜3節、10〜12節

「“この街を福音で満たすL”」

“池田 博牧師” 宣教メッセージ

今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は 使徒の働き17章1節から3節と10章から12節 です。新約聖書の240ページになります。

“使徒”
17:1 彼らはアムピポリスとアポロニヤを通って、テサロニケへ行った。そこには、ユダヤ人の会堂があった。
17:2 パウロはいつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。
17:3 そして、キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです。」と言った。
17:10 兄弟たちは、すぐさま、夜のうちにパウロとシラスをベレヤへ送り出した。ふたりはそこに着くと、ユダヤ人の会堂にはいって行った。
17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。
17:12 そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。

はい、聖書は以上であります。ここに登場するパウロという人は極めて常識派の人であり、またその時代の有能な人でもありました。神を信じ、神を恐れる人でもありました。聖書を通して、まことの神が誰であるのかを知っていて、それ故に、神ならざるものを神とする事への厳しい目をもっていました。

そんな中にあって、当時新興宗教のようにはびこっているキリスト教に対して非常に厳しい目を持っていた訳です。特に聖書の中では偶像を拝んではならないとい事がありますので、キリスト教ではイエス・キリスト、あの地上に約33年間歩まれたこのキリストが神から使わされた救い主、メシアであると弟子達は伝えていたわけであります。

ですからパウロとしてみれば、人間が神となる、人間を救い主とするような事は、あってはならないことだということから、とても厳しい目をもっていました。それは常識からいうならば、又当然のことでもあったのかなと思います。

そのキリストがやがて、33歳の後に、十字架に付けられて殺されていったという事であります。無残な死、ところが3日目に復活していく、さらには昇天していく、考えられない奇蹟の業ではありますが、でもそれは常識の上からするならば、あろうはずの無い事を弟子達がでっち上げただけの事だと言っているのです。

パウロもそのように思っていました。だからこれをそのまま放って置いたならば、これをはびこらしては大変、まことの神が汚されていく。ユダヤの国に於いてそんな事があってはならないということで、強い態度で撲滅しようという運動を起し、遠いダマスコにもクリスチャンが居るという事で、そこに出向いていった。

その途中に於いて、何と、或る日突然太陽よりも光る強い光に打たれてそこに倒れてしまうという出来事に出遭うわけであります。そしてその強い光の中から声がした。「サウロ、サウロ、何故わたしを迫害するか。」まさかの、まさかの声です。

自分の名前を呼んで「何故迫害するか。」と言いました。思わずパウロは倒れた中から頭を上げて「主よ、あなたはどなたですか。」と応答するわけです。すると天から又声があって「わたしはあなたが迫害するナザレのイエスである。」との声を聞くわけです。

その声を聞いた瞬間、パウロは全て悟りました。闇から光といったらいいでしょうか、それまで自分を中心に考えていた、知識を中心に考えていた、自分の経験知識が全てと思っていた、それに対して、それら全部が自分にとってどんなにむなしいものかを知ったのでした。悟ったのです。

そして、弟子達が言っていた「イエス・キリストがメシアである。」ということは本当の事だと判りました。「十字架に死んだということはなんと愚かな出来事か。」と思っていたが、でも、その十字架こそ私達の罪を自ら身に負って神の裁きを受けて、私達の替わりに死んでいった身代わりの死、犠牲の死である事が判っていくのです。

キリストは十字架の上で、槍を突き刺し、釘を打って、頭から手から胸から血が流れる極限の苦しみ痛みの中から祈られた「父よ、彼らを許してやってください。彼らは自分で何をしているのか判らないからです。」

「彼らは自分を正しいとしているから、本当に正しい私が何故それをしているか判らないでこうして罪に定めて殺しているけれど、その彼らの罪を彼らに負わせないで下さい。私を裁いて、私が身代わりになりますから、彼らを許してください。」そう祈ったのでした。この十字架、このイエス・キリストの死、そこに人類の罪からの救いの道が備えられていたのでありました。

そして3日目に復活されました。それはキリストが罪に定められるような罪人で無かったことがそこで明らかにされた。さらには、その事はそれに止まらず、人類に、全ての罪人に新しい永遠のいのちが与えられる、永遠のみ国に入る事の出来る約束がそこから始められる、そこから開かれるという初穂の出来事でもあったという事であります。

パウロはそれを肌で知りましたから、彼はそれまでは迫害者でありましたが、キリストの奴隷となって、「私はこの人の為に命を賭けて、この素晴らしい十字架と復活の福音を伝えなければならない。」という熱い熱い思いの中で、彼は世界に伝道の手を伸ばしていったのであります。

アジアの地域で伝道していましたが、マケドニアから「私達の地に渡って来て助けて欲しい。」という声を聞いたときに、彼はアジアからマケドニアに渡っていきました。人間的に言えば、そこは皆が待ち受けていて、喜んで迎えてくれて、そこには大歓迎の人々がいるだろうかと思いきや、アジアよりもっと激しい迫害の手がそこに待っていたのでありました。

ピリピに於いてそうでした。そこから抜け出ざるを得なくて、今日の17章ではテサロニケという処に渡っていった。ここはマケドニアの主都のあるところで、ピリピと並んで大事な街であったわけです。そのテセロニケに行った。そこにはユダヤ人の会堂が有って、その会堂で彼は何を伝えたかというと、3節に有ります。

「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、「私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです。」と語ったわけです。

パウロの語るあかし、福音、伝道はその事だけでした。十字架と復活だったのです。これが人類に与えられた最も素晴らしい、最も大切な大切な福音だから、これさえあるならば人生に絶望は無い。それは自らが証人であり、イエス・キリストの復活は本当に全ての人に与えられるはずの希望であると確信していたからです。

そして、一部の人たちでありますが、その福音を聞いて信じて救われた人たちは本当に喜びが溢れてきたのです。感謝が溢れ、希望が溢れてきたのです。ですから、さっきまで何となくどうしようもないがんじがらめの中に有った人たちでありましたが、イエス・キリストのめぐみの福音の故に、彼らの心が変えられた。価値観が変えられた、闇から光の人生へと変えられていきました。

彼らは喜びました。喜んで周りの人々にそれを伝えずにはいられなかったのです。ところが、皆さん5節を見ていただきたいのです。そこにはこういう展開になっていくのです。4節から読んでみますと「彼らのうちの幾人かはよくわかって、パウロとシラスに従った。またほかに、神を敬うギリシヤ人が大ぜいおり、貴婦人たちも少なくなかった。ところが、ねたみにかられたユダヤ人は、町のならず者をかり集め、暴動を起こして町を騒がせ、またヤソンの家を襲い、ふたりを人々の前に引き出そうとして捜した。」

パウロの伝えた福音を通して人々は喜んだ。人々は変えられた。人々は光の人生へと変えられていって「素晴らしい。素晴らしい。」と伝えたはずなのです。ところが5節でユダヤ人達の反応は「ねたみにかられたユダヤ人たちは、町のならず者をかり集め」という展開になっていくのです。

皆さん、素直に読んでいけば不思議ですね。何故なぜねたみですか。何故暴動ですか。皆が喜んでいるではないですか。喜びの福音を聞いて変えられていったんだから「そうか。素晴らしいなー。俺達にも欲しいなー。」「私にもそれが欲しいですねー。」と言って、寄って来ていいはずの事が、ねたみに変えられていく。これはここだけの事ではないのです。

先のベレアもそう。それまでのどこでもそうであったのです。皆さん、ここです。私達は人が幸せになる事、それは本当は素晴らしい事です。喜ばしい事です。拍手で喜んであげるべき事です。でも、例え表面ではそう言ったとしても、心の端のほうでは人の幸せを喜べない人間の弱さ、醜さが有ります。それは実は人間の罪の姿だという事であります。

私達は決して人の喜びを共に喜べない。人の幸せを幸せと受け止める事の出来ない、そういう心のとっても汚い、罪のある者であります。それは単にひとりの人の心を曇らせるだけでなく、それが集団となった時には、何と町全体が暴動と化してしまう程になる。更にそれが民族の争い、戦争となっていき、世界を戦争のるつぼにさすら追い込んでしまう。

人類の歴史はまさに醜い争いの歴史である。人間が一度そのように人を素直に受け入れられない喜びの霊が失われていった時に、何とそこから私達の心は暗いものに引き回されてしまうことでしょうか。

パウロはそのような展開の中で、テサロニケの町の中でそうなって、やむを得ずそこから雲隠れして、10節にありますが「夜の内にこっそりと逃げ出して、次の地ベレアに行った。」そこで「もうこりごりだ。しばらく休みだ。」と言って、彼は手を休めたのではなかったのです。

彼らの知った喜びは例えどんなに迫害されても、どんなに追い出されようが、傷を受けようが、でも、この素晴らしい福音を伝えずにはいられなかったのです。ベレアの地においても「彼らの内の多くのものが信仰に入った。その中にはギリシャの貴婦人たちや男子も少なくなかった。」という風にして、行く街行く街においてクリスチャンが起されているということです。

今日もこの街にもその福音が伝えられている。この場に伝えられています。今日福音を聞くお互いの心の中にも主は光を当ててくださいます。イエス様はそのためにこそこの地上に来て下さって、ご自分のいのちを喜んで犠牲として奉げてくださったのであります。

先程あかしされたエイブ兄弟も本当に若い彼が辛い辛い何重もの経験の中で、でも、み言葉にあって信仰によって、支えられて、乗り越えている姿を本当に素晴らしいと思います。

ある22歳の青年のあかしがこんな風に書かれています。「僕は1985年に主イエスの名を呼んで救われました。未だ子供でよく判らなかったのですが『おう、主イエスよ。』とイエスの名を呼ぶことを教えられて、それを実行してみたらものすごい喜びに満たされました。

その後、いろいろな遊び、勉強、スポーツとやってみましたが、それらの楽しみは『おう、イエスよ』と呼んだこの喜びには敵いませんでした。主の名を呼んだときの喜びは何ものにも及びません。この喜びこそ真の喜びです。どうかこの喜びを味わってみてください。」

ホームページに堂々と載せてありましたから、拝借して披露しました。何故か「ウメケン」とかいてありますが22歳の男性であります。本当に子ども心の中にもこうした素晴らしい光が入るのです。

もう一人、この方は中尾国三さんという今牧師になっている方のあかしです。これも心に深く残りましたので、お分かちしたいと思います。


「主の恐れから救われて」とありました。「私の父は私が未だ赤ん坊の時に交通事故に遭い長い間入院していました。父は退院して商売を始めましたが、交通事故で片足を無くしましたので店に寝泊りして、家に帰ることはマレでした。

父の退院と前後して母が癌の為入院しました。そんなわけで、母の顔をまじまじと見たのは、私が小学2年生の時が初めてでした。しばらくは母のいる生活でしたが、直ぐに母は再入院しました。父は店の隣に家を建て、母も退院してきて、家族が揃いました。けれどもそれはほんのつかの間の事で、私が10歳の時に母は帰らぬ人となりました。

このことは私の心と体に大きな影響を与えました。私は学校でも何か素直になれない子供になっていました。私は肋膜炎にかかり入院こそしませんでしたが、学校を1年間休んでしまいました。学校に戻るようになっても体育の時間は見学で、週に1度は早引けして病院に行かなければなりませんでした。

そんな状態が中学2年生ごろまで続いたように思います。私を世話してくれた一番上の姉は結婚しても子供がなかったために、末っ子の私を自分の子供のように可愛がってくれました。義兄もそうでした。ところがその義兄がトラックの荷台から振り落とされてなくなってしまいました。

私は肉親の死、自分の病気を通して死を恐れるようになっていました。高校生になっても時々高い熱を出し、1週間も寝込んでしまう事がありました。そんな時「このまま死んでしまったらどうなるだろう。長く生きたとして、もやがては年取って死んで行くのなら、生きていくのはどんな意味があるのだろう。」と考えたりもしました。

そんな或る日、街で一枚のキリスト教案内のトラクトを貰い、教会へと導かれました。19歳の時でした。そこで私は聖書の中心主題であるイエス様の十字架の話を聞きました。私はそれは嘘ではないだろうと思いました。そこには私がそれまで見たこともない何か光っていると感じたからです。

でも、人生の解答は何かもっと不可解なものだと考えていた私には信じるだけという真理が簡単すぎてよく判りませんでした。でも、どうしてもこれが本物か否かを確かめたくて教会に通い続けました。しまいには自分が間違っているのか聖書が間違っているのか、どっちなのかともがき苦しむようになりました。

そんな時に一人の宣教師が『罪を告白したら十字架が判る。』と教えてくれました。「試してみるか。」という気持で私の罪は少しだけと思って告白してみましたが、途中で自分の内側の醜さに恐ろしくなって、『あー、神様、罪深い私をお赦しください。』と思わず叫びました。

すると、本当に十字架が私の罪の身代わりだとはっきり判りました。私が心に捜し求めていた道がここにありました。『わたしが道であり、真理であり、いのちである。』全く不信仰な私を恵み深い神様は深く哀れんで助けてくださり、信仰という人生最大のギフトを恵んでくださったのだと感謝しています。ハレルヤ。」


この方も本当に不幸続きの人生であったのでありますが、でも、その中からイエス・キリストに出会って光を、希望を見出したという事で、自分がこのような素晴らしい経験、素晴らしい恵みを受けたので、是非とも知っていただきたいという事で書いているようであります。

今日私達一人ひとりにも神様はそのメッセージを語ってくださっています。今日あなたの心に、このイエス・キリストを受け入れる時、あなたの人生の主となって下さる、あなたの悩みの時のたすけ主となって下さる。そして病の癒し主となって下さる。あなたの全ての全てとなって下さる主です。

先日新聞を見たら、春の園遊会というのがありました。天皇陛下皇后陛下が赤坂御苑に2400名招いて、大変有名になりました田中耕一さんなどが招かれて、声をかけておられました。毎年そうですが、天皇陛下に声をかけられた方のインタビューを聞きますと「本当に光栄です。一生の宝です。」といったようなことをおっしゃいます。

そうでもあるかと思います。しかし、天皇陛下の声がその人の人生を本当の意味で救うでしょうか。その声は本当に心からの声であると思いますか。慰めの声であると思いますが、それは心から出た声にすぎません。

イエス・キリストが「私を信じるものは永遠のいのちを得る。」とおっしゃる時、それは心の声ではありません。イエス・キリストは自分の命を賭けられたのです。十字架にご自分のいのちを差し出して、いのちを賭けて、ご自分の死をもって私達に示してくださった、救いの道、永遠のいのちへの道であるのです。

復活して私達に永遠の希望を与えて下さる素晴らしいメッセージであるのです。ですから、主が主で無くして、私達に永遠の世界へと開かれていく門口ともなっていく。これにまさる福音があるでしょうか。こんな素晴らしいメッセージが他にあるでしょうか。パウロは命を賭けましたが、主イエスを信じて救われた者は皆そういう気持になりますね。

シーホースの皆さんも、アメリカから自分で、若い学生さんがアルバイトして、日本の人たちに伝えたいとやって来ておられます。アルバイト料が足りなくて、皆さんに祈ってもらわなくてはならない人もいるようです。でも、それでも伝えたい。

今日、お互い一人ひとりのこの素晴らしい恵みが神様によって注がれていることを感謝したいのです。そして、あなたの人生が今日から又新しくされるように。豊に祝福されるようにと願ってやまないのであります。


お祈りを致します。
天のお父様、感謝します。今日又あなたが「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」と言って下さるこの素晴らしい備えがなされている事をありがとうございます。お一人ひとりをどうぞあなたが覚えてくださいますようにお願い致します。

尊いイエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン!