| 2003年12月28日 主日礼拝式 “サムエル記 第1” 7章12節 「“エベン・エゼルの主”」 “池田 博牧師” 宣教メッセージ |
| 今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は サムエル記第1の7章12節 です。旧約聖書の435ページになります。 “第1サムエル”
はい、聖書は以上であります。今日はエベン・エゼルの主という風に題をつけましたが、エベンというのは石という事、エゼルは助けということであります。サムエルは主がこうして此処まで助けてくださったということを深く神に感謝して、只心の中だけではなくして、具体的に、目に見える形にして、公に石をそこに置いて、「主は今まで助けてくださったのです。」とそれをはっきり告白したということであります。 私たちの人生の区切りといってもいいし、1年の区切りといってもいいし、節目節目にお互いにそれぞれが振り返り、どうであったのかをきちんと心に刻むということは大切な事かなーと思います。 毎年、1年の終わりの祈祷会と感謝礼拝に於いて、皆さんに「1年振り返って、めぐみを覚えて、それをきちんとメモしましょう。これまでは自分の年の数だけ拾い上げてみましょう。」と申上げてきました。あまり毎年それを言っていますと律法的になって「又か。」となるといけませんので、今年は年の数は一応置いておいて、皆さんが数え上げれるだけ数えてそれを刻んでいただきたいと思います。 よく、心の肉碑に記すという言い方をしますが、それもいいのですが、この心の肉碑なるものが忘れっぽいのです。幾ら刻んだつもりでも、1年後には何があったかすっかり忘れてしまう。そんな風に私たち人間の弱さかな‐と思います。 ですから、そのめぐみをきちんとメモしましょうと申上げているのです。「では、先生はどうしているんですか。」となると思いますが、私も毎年やっております。ノートに書き記すだけですが、ずーっとやって参りました。 改めて、今回の感謝礼拝にあたって振り返ってみますと、公に私がメモしたのは1995年からです。その年から毎年メモしております。今年はミッション3000,10年目ということで少し触れたいと思います。 こうして書き記してみますと、10年前に何があったかがきちんと残っているわけです。それ以前は書き込みノートがカレンダーなどいろんなところに有るのですが、それですと見つけ出すのがなかなか難しいのです。でも、こういう風にして書き出しておきますと、思い返すのにとてもいいなーと思います。 お勧めでもあり、皆さんが神様の恵みをよりしっかり覚える為にもとっても良いと思っております。いずれにしても、1年の区切りに於いて、共にそのように主の前に感謝することを心に留めたいと思います。 さて、今日のみ言葉でありますが、このサムエルもその意味において、彼にとっては20年を超えての事が判りますが、1つの石をとって、やはり振り返った。それをきちんと心に刻み、心に思い起こして見ましょうということでエベン・エゼルの石をそこに置いたということであります。 7章の1節から4節に先ず目を留めて見たいと思いますが、こう有ります。 “第1サムエル”
先ず、目に留まるのは1節2節であります。「その箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、二十年になった。」とあります。20年もの長い間キルヤテ・エアリムのアビナダブの家にそれが置かれていたということです。 何故そんな長い間そこに置かれっぱなしなのかということです。そこには理由がありました。そこにはそこに至る過程がありました。そして、その過程はとっても私たちが見てみる価値があると思います。今日はそこにスポットを当てながら、今日の私たち、今日のあなたに何が神様からのメッセージとして語られるかを共に見ていきたいと思います。 遡って先ず見ていただきたいのはサムエル記の3章19節です。そこにサムエルが20年以上も前の話として、若きサムエルの事が出てまいります。こう有ります。 “第1サムエル”
若きサムエルが新しい神様の指導者として立てられたということが判ります。立てられた時に、もうひとつ3章の最後にこうあります。「主は再びシロで現われた。主のことばによって、主がご自身をシロでサムエルに現わされたからである。」この事がシロという当時中心となっていた、神殿のあった場所で主がサムエルに現れて、この若きサムエルが新しい指導者だと主が信任して下さったということです。 ところが、4章に入っていきますと、そこに思いがけない展開が起こってまいります。それは今読みました少し先を見ますと、1節全体を読みますと「サムエルのことばが全イスラエルに行き渡ったころ、イスラエルはペリシテ人を迎え撃つために戦いに出て、エベン・エゼルのあたりに陣を敷いた。 ペリシテ人はアフェクに陣を敷いた。ペリシテ人はイスラエルを迎え撃つ陣ぞなえをした。戦いが始まると、イスラエルはペリシテ人に打ち負かされ、約四千人が野の陣地で打たれた。」とあります。 何故か此処でイスラエルはぺリシテ人を迎え撃つといって戦いに出て行った事が判ります。ところがその戦いはぺリシテ人に迎え撃たれて、何と4000人が陣地で打たれたという敗北の戦いに終わったと此処に書かれています。 すると、3節を見ますと「民が陣営に戻って来たとき、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は、きょう、ペリシテ人の前でわれわれを打ったのだろう。シロから主の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、それがわれわれの真中に来て、われわれを敵の手から救おう。」となっていくわけです。 長老達が「我々が負けたのは神が我々を撃った。」という言い方をしています。とってもうがったいい言い方をしているかなと思ったりします。でも、その次に何をしたかといいますと、シロから主の契約の箱を持って来たと有ります。そして「この箱が有れば我々を敵の手から救ってくれるだろう。」という判断、そういう行動、長老たちの合議でそうなったということでもあるのかなと思います。 そして、もうひとつだけ4節を読んでみますと「そこで民はシロに人を送った。彼らはそこから、ケルビムに座しておられる万軍の主の契約の箱をかついで来た。エリのふたりの息子、ホフニとピネハスも、神の契約の箱といっしょにそこに来た。」とあります。 皆さん、こういう展開を見た時に何か感ずる事があるでしょうか。何が此処に見えてくるか、もっと言えば何が問題だと感じるでしょうか。とても大切な事なのです。 この先をずーっと読んでいけば更にはっきりしてくるのでありますが、何故か神様が若き指導者としてサムエルを立てたのですが、4章のこのぺリステとの戦いの中でサムエルは登場して来ません。 そして、長老達を初め皆がやった事は契約の箱を持って来た、そして真中に置けば我々を敵の手から助けてくれるであろう。これってどうでしょうか、皆さん。契約の箱をどんな風に考えたでしょうか。契約の箱を何かお守りのように見ていないでしょうか。 此処に民たちのやっている事にちぐはぐなところがあります。更に5節を見ますと「主の契約の箱が陣営に着いたとき、全イスラエルは大歓声をあげた。それで地はどよめいた。」とあります。 何か、彼らはそこで勢いついたといえばそうかもしれませんね。「契約の箱が来た。これさえあれば大丈夫。」「この契約の箱が我々を守ってくれる。」「いや、敵すらもやっつけてくれる。」というお守りか呪い的な期待感がそこに有って、人々はどよめくような歓声を上げた。 そうしますと、今度はどうなっていったかといいますと、6節以下「ペリシテ人は、その歓声を聞いて、「ヘブル人の陣営の、あの大歓声は何だろう。」と言った。そして、主の箱が陣営に着いたと知ったとき、ペリシテ人は、「神が陣営に来た。」と言って、恐れた。そして言った。「ああ、困ったことだ。今まで、こんなことはなかった。 ああ、困ったことだ。だれがこの力ある神々の手から、われわれを救い出してくれよう。これらの神々は、荒野で、ありとあらゆる災害をもってエジプトを打った神々だ。さあ、ペリシテ人よ。奮い立て。男らしくふるまえ。さもないと、ヘブル人がおまえたちに仕えたように、おまえたちがヘブル人に仕えるようになる。男らしくふるまって戦え。」となるわけです。 そして10節「こうしてペリシテ人は戦ったので、イスラエルは打ち負かされ、おのおの自分たちの天幕に逃げた。そのとき、非常に激しい疫病が起こり、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。」 意外な、全くイスラエルの民の思惑とは違った方向に動いている様がよく判ります。先ほどは、そこにサムエルがいないといいました。それ以上に見えてこないのは何でしょうか。主の姿です。神様が見えてこない。彼らはいっせいに歓声を上げた。その歓声に呼応して神様がそこに手を伸べたかというとそうではない。 神様は沈黙している。それどころか、彼らの歓声にむしろ刺激されて、ぺリシテ人の方が男らしく振舞えといって、イスラエル人を滅ぼしてしまう。3万人が更に疫病でも倒れた。そして、悲しい結末が更に続きます。 11節「神の箱は奪われ、エリのふたり息子、ホフニとピネハスは死んだ。」ホフニとピネハス、それは祭司エリの息子、祭司として後を継ぐべき二人です。その継ぐべき息子達二人が先ず死んでしまった。それで、今度は少し飛ばしますが、そのニュースを父エリは知っていきます。 18節にこうあります。「彼が神の箱のことを告げたとき、エリはその席から門のそばにあおむけに落ち、首を折って死んだ。年寄りで、からだが重かったからである。彼は四十年間、イスラエルをさばいた。」 40年間祭司として仕えたその結末が倒れて首を折って死んだという、あまりにも無残な最期です。更に続いていくのです。今度はピネハスの奥さんです。妊娠中であったけれども、そのいかんともしがたい悲しいニュースを知った時に、陣痛が起こって赤ちゃんが生まれました。生まれた赤ちゃんに対して何という名前を付けたかというとイカポテとつけたというのです。 イカポテ、その意味は栄光がイスラエルから去ったという意味です。このようにして、悲惨な展開が次から次へと続いていきます。そして5章6章を見ていきますと、奪われた主の契約の箱がぺリシテ人の地に置かれるようになっていく。そうしますと、誰も何もしない中にあって、その契約の箱が置かれている只それだけでダゴンの神が自然に崩れてしまうというような不吉な出来事が次々と起こっていきます。 ぺリシテ人は恐れます。そして6章を見ますと、「もうこういう契約の箱を我々の国に置いておいては益々どんな事になるか判らない。」と言って、それを返していきます。6章の14節に「車はベテ・シェメシュ人ヨシュアの畑にはいり、そこにとどまった。」とあります。 今度はべテ・シェメシュに於いて又悲惨な事が起こっていきます。6章の19節「主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。主の箱の中を見たからである。そのとき主は、その民五万七十人を打たれた。主が民を激しく打たれたので、民は喪に服した。」となっていきます。 何と今度は5万人以上の人が死んでしまったという悲惨な出来事が次々と起こってきます。しかも、何故そんなことになったかというと、たった一つ契約の箱を見たからだとあるのです。只見ただけだ。そしたら見た人全てが死んでしまう。そんな悲惨な事がそこに起こっています。 こうした一連の出来事があって7章に移っていくわけです。べテ・シェメシュから今度はキルヤテ・エアリムのところにその契約の箱が移されて、アビナダブの家に置かれて、やがて20年の月日が経っていったということが此処に書かれてあります。 皆さん、こういう展開の中に、改めて私たちが心に留めなければならない事が何であるのか、それを思わされるのです。神が、若いけれども神の人として、預言者として、指導者として立てたサムエルです。でも、そのサムエルに聞く耳を持たない人々です、長老達です。 彼らは長老として、エリを立てていました。エリは長い間、40年もの間祭司として仕えていたから、彼らはよい意味で長老として立てた。だからエリに従ったという事がいえるようにも思います。 けれども、そのエリ、彼は息子もそうでありますが、彼自身が祭司でありながら、それは名ばかりの祭司で、祭司の務めを果たしていません。エリは祭司でありながら、神の前に出ていません。エリは祭司でありながら、とりなしの祈りをしていません。エリは祭司でありながら、神のみ言葉に養われていません。 そして、エリは祭司でありながら、それ故に神の声を聞く事が出来なくなってしまいました。その結果イスラエルの民は神に選ばれた民でありながら、神の声を聞けない民となってしまって、悲惨なことが次々と起こってしまっているのであります。 教会は礼拝をする処であります。教会、そこはエリ、すなはち牧師が立てられているところであります。教会、そこでは主の名に於いてさまざまな事が合議されて、決められて、教会の働きが進められていきます。 けれどもこのサムエルの時代のイスラエルの民がそうであったように、しばしば、神を知っていながら、神の名に於いて話し合いがなされていながら、そこに大事なものが失われている。そうです。神の名が締め出されているのです。神が締め出されているのです。 そして、この問題はもっともっと議論すべきである。もっともっとお互いに腹を割って話し合うべきだ。そして、皆の合意の上で事は決めていくべきである。そのようにして、しばしば教会が神の名の下にあって、神を締め出して、協議がなされてことが決められて、ことが計られて進められている。 何よりもエリ、牧師がその先頭にたってそれをしている。そして、長老達もそのエリを立てている。その長老としてのエリを立てていて、若きサムエルは締め出されていて、神の使者としてのサムエルは坐を占める場所がなくして、居場所がなくなっている姿がそこにある。 此処で見て、更に教えられる事は7章3節です。「そのころ、サムエルはイスラエルの全家に次のように言った。「もし、あなたがたが心を尽くして主に帰り、あなたがたの間から外国の神々やアシュタロテを取り除き、心を主に向け、主にのみ仕えるなら、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出されます。」とあります。 これを見る時に、何が明らかかといいますと、イスラエルの間で外国の神々が拝まれていたということです。アシュタロテ、当時そこにいたカナン人が拝んでいたアシュタロテ、そういうものが一緒に置かれているんです。家の中に神々がある、でも、礼拝もしているという感じです。 此処で、思わせられるのは世の中にいろんな宗教があるのを否定しているのではない、いろんな神々があることを否定しているのではない事が判ります。何故ならば神の民の中にそういう偶像なり神々が現に許されているともいえるからです。 何が問題なのか。何が間違っているのか。何処が逸れているのかということです。真の神を知っているイスラエルの民です。正しい神が誰であるのかを知っている彼らです。その正しい神を正しく知っているはずの彼らが、なおかつ、さまざまな偶像をそこに取り入れて、拝んでいて、外から見れば、本当の神がどれなのか判らないほどになってしまう程に、彼らは神を知りながら、神を知っているものとしての生活も信仰も持っていないではないか。それが神の目に留まっているのです。 だからこそ、契約の箱がそこに置かれても、あたかもお守りか呪いかのようにして使ってしまっていて、歓声を上げればそこで奇跡的なことが起こるだろうかと期待していたけれど、何も起こらないではないか。一つひとつこうしてみていった時に、先ずサムエルは二十年にしてようやく****を得たでしょうか。彼は指導者として、神の使者としてそこにきちっと立って「先ずあなた方の間から偶像を取り除きなさい。そして、真の神、主のみを主として、その信仰をしっかりと自分の中に打ち立て、教会の中に打ち立てそれを実践していきなさい。」 更に、5節を見ますと「それで、サムエルは言った。『イスラエル人をみな、ミツパに集めなさい。私はあなたがたのために主に祈りましょう。』彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。そうして、その所で言った。『私たちは主に対して罪を犯しました。」こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。』」とあります。 皆さん、見えてまいります。何が正しくて、何が得るべきものであって、何処に行くべきか、何を捨て何を自らとるべきかが見えてまいりますね。ひとりの主にあった指導者の下にあったときに、主はそこに臨んで下さって、そこに正しいものが何であるかがはっきりと見えてまいります。 そして、サムエルは断食を勧め、神の前にその断食の中で何が神ガ決して喜ばれないものであるのか、それが罪であるのかを示してくださって、何を捨て何を取るべきなのかを示し、悔いあらたむべきは悔い改めていきなさい、そうするならばあなたがたはなすべきことがきちっと見えてくるでありましょう。 そうなっていった時に、7節以下を少し見ますと、 “第1サムエル”
展開は明々白々です。結果がはっきりと見えてまいりました。一つひとつ神の前に私たちは神の目で見ていく事を、神の心が何であるかをしっかりと聞いて歩んでいく事、聖書のことばに求めていく事、そうする事であなたの道ははっきりと見えてくるのです。 一年を振り返って、めぐみを覚える事と申上げました。でも、しばし私たちが振り返る過去はきちんと自分が今立つべきところに立っていないと、あれもあったこれも合った、いい事もあった悪い事もあった、あんなことこんな事といって、只事実が羅列されてそこにあって、さてこれが何の意味を持っているのか、私たちにとって何なのか、これから先、何処に行くのか、どうしたら良いのか、そういうことが見えない。 でも、その一つひとつに、ひとつのイエス・キリスト、神のみ手の中にある自分をその真中にきちんと置いて、それを見る時に、そこから一つひとつが見えてまいります。そこにはひとつの筋が見えてまいります。一本の糸が貫かれている事が必ず判って参ります。 そうした時に、自分にとって何故あんな試練が、あんな困難が何故起こりえたのかと自分の理解を越えたこと、いや、自分には決して受容出来ないことが一杯ある中にあっても、でも、ローマ書の8章28節にはこうあります。「神は愛するもののためにすべてのことを働かせてこれを益としてくださる。」とあります。 私にとって不条理に見える事も、只辛い重荷にしか思えなかった事も、でも、神の前にそれを持ち出して、もざして神の細き声を聞く事が出来た時に、ゆえなくそこにあったんではない。そして第1コリント10章13節にあるように試練と共に脱出の道も備えられている事を知って、「アーこのようにして自分は助けられ、このようにして抜け出す事が出来、更には抜け出しただけではなく、それが新しいめぐみの門口にもなっていっているなー。」 そう思えた時に、只さまざまな事がアトランダムに起こっているのではなくして、そこには一本のめぐみの筋、糸がそこに貫かれているんだと思えてくる。 神は私たちに対して詩篇119編68節には「善にして善をなされる神」であって、その善にして善をなされる神があえて私の目から苦しみとしか思えない事であるとするならば、その苦しみは神が敢えて良しとされてそれを与えられた。 それはもう少し先の72節を見るならば「私にとって苦しみに遭った事は喜びです。私はその苦しみを通して主を知りましたから。」そのようにも言えるように変えられていきます。 10年前、1995年はミッション3000のスタートの年でありました。その年、私の記録の中には58のめぐみがあります。今日のことをつなげて思った時に、来年ミッション3000の10年目の前に省みた時に幾つかの事が心に留まりました。 先ず第1番目に私が書いたのはミッション3000の大事なスタートの年、第1日が主日で始められた。これ感謝だとあるのです。1月1日が1995年は日曜日だったようですね。それは祝福の先取りであるかのように思えたと私の中に残っています。振り返って本当に主の摂理的なめぐみがそこにあったんだなーという風に思っています。 その年2月軽井沢のめぐみシャレーでもって初めての祈りのセミナーに奉仕をさせていただきました。そこでのメッセージがやがて「祈りは私を変え、教会を変える」という本になっていき、それが今本当に多く益するところがあって、用いられているということであります。 その本もさることながら、私自身の祈りの姿勢、教会の祈りの姿勢にとってとっても大事なスタートになったなーと思います。祈りこそが変える働きの土台となる、救いとなることなんだということが、こうして10年前に起こっているということが判ります。 3月には市会議員や岡ゆきおさんをお招きして、いろんな話をしました。ミッション3000、これからの将来に向かって何をしていけば良いのか、何が起こってくるのか、そんな事のために、この地域の方々をお招きして、忌憚の無いご意見を伺いながら、私たちもそれを受け止めて、取り組んでいきましょうということでありました。 やがて、この岡さんこそ5年前このダイヤモンドチャペルが与えられるとっても大事な方になってまいります。本当に一つひとつが素晴らしい事だな‐と思います。 又個人的には、この年は木島先生ご家族をモンゴルに送った年でもあります。更には山崎さんを転勤で関西に送り出さねばならないこともありました。その他、何とこの年は20人の人が転出するといことでありました。 とても大きな穴があいた感じでありました。でも、送り出す事はそれに勝るめぐみも与えられるというとても大事な事を学び、「受けるより与える方が幸いである。」という主のめぐみを覚えた事でありました。 秋には5年間アメリカに行っていました恵賜師が戻って、他人の飯も食わせなければいけないかな‐と思ったのですが、皆さんがどうしても教会に必要だということでもって、彼をユース牧師として迎える段取りもそこに出来ていきました。 そんな風にして1995年は教会創立30周年をお祝いした事でありました。30年振り返って、エッツエル先生をお招きしたり、いろんなことで記念の年でもありました。一つひとついろんなことが刻まれた事でありますが、10年後の今、改めてこうしてみる時に、神様がそのような礎を大切にしてくださっているということを思わせられる事であります。 皆さん一人ひとりの10年前はどうだったでしょうか。数年前どうだったでしょうか。そこにどんな事があったでしょうか。そして今此処に有る中において、一つひとつがどうしても自分の中で繋がってこない、どうしてもそこに感謝が出来る、いやもう振り返る事さえしたくない、蓋をしておきたいと思えることもあるでしょうか。 でも、主は私たちに対して、絶対にそのような事をなさるお方ではないのです。憐れみ豊な主、確かな主です。あなたの今があるということは、どんな過去に対しても、今あることの中にめぐみとして覚えられない事は無い。主は真実の方です。憐れみ豊な主です。 そのことを思い見ながらイスラエルの民をあれほど主に背いてしまいましたけれども、もう一度サムエルのもとで新しく心を入れ替えていった時に、サムエルをしてエベン・エゼル、主は此処まで助けてくださったというのです。 彼は決してエベン・エゼルを嫌な事つらい事、思い出したくもない事だけれども、でも、それを刻まなければならないとはいっていないのです。めぐみです。主の助でした。全てが、何一つ無駄な事をなさらない主としてここに留める事が出来るのです。 皆さんにとってもエベン・エゼル、めぐみの主、助の主としてこの1年、そして、過去をきちんと振り返る事の出来るものとなるようにと願ってやまないのであります。 お祈りを致します。 尊いイエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン! |