み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
神の目の前の私たち (ヘブル4:13)


 Date:1997/07/20

『造られたもので、神の前で隠しおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。』 へブル 4:13

神が創造者であるなら、ここに言われていることは、ごく自然なことであります。

私たちは、日頃人間として当然同じ人間をよく知っている、また知り合えるものと考えますが、 現実は決してそうではありません。

私たちはいろいろな場面で人間同士、知り合うことのむずかしさを感じないないではいられません。 一番一体であるはずの夫婦の間も何十年連れ添っても分かり合えないケースを沢山見ます。

先日日本の離婚について話されていましたが、今ふえているのは子供が結婚して夫婦だけになった 人たちの離婚だというのです。

夫婦として20年、30年一緒に生活してもよく知り合って心の深い所での一致に到達することが 出来ず離婚をしていくというのです。

何故そうなのでしょうか、現実は性格が合わないとか、考え方が違いすぎるとか、ありますが、 私は何より自分自身について、誰もが分かっていない、自分を知っているようで知っていないとこ ろにあると思うのです。

私たちは自分自身について心の深いところを実は誰も見えていない。何故ならそこは光が当たって いないからです。そこは神の光(キリスト)に当てられて初めて見えてくる所です。神の目には、 すべてが裸であり、とある通り、この神の前に出て初めて私たちは自分がどんなものであるかが 分かります。自分について徹底して分からせて頂くところから、真に分かり合える関係が生まれて くるのです。


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