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これまで、私たちはモーセという1人の偉大な指導者によってエジプトから救い出されて、神の約束の
安息の地に導き入れられようとしていたイスラエルの民は結局のところ、安息の地に入れなかった。
何故なら彼らは神の約束の言葉に従い切れなかったからです。
そこには彼らの弱さや現実に流されたり、また神に逆らう態度がありました。それに対して12、13節
を通して神の言葉の絶対性や神の審判の厳しさを示していますが、14節以下はこれまでの全体の結論の
言葉になります。
「さて」という書き出しがそれを表しています。そして、「私たちのためには」と言われているのです。
これは、すでに安息に入れなかったイスラエルの民を含めた全人類が対象になっています。
その私たちのために、「もろもろの天を通られた偉大な大祭司−イエス」がおられるとあるのです。
イスラエルの民の失敗や罪や弱さは決して彼らだけのものではなく、私たちも陥りやすい姿です。
ですから神はそういう私たちのために神の子イエスをこの世に遣わしてくださったのです。
しかもその大祭司はもろもろの天を通った偉大なお方であると同時に、私たちに対して同情できな
い方ではなく、罪は犯されませんでしたが、全ての点で私たちと同じように試みに会われた方です。
ですから、本当の意味で助けることができるお方なのです。なんとすばらしい助け主を私たちは戴いていることでしょうか、感謝しましょう。
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