み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
大祭司キリスト (ヘブル5:4)


 Date:1997/08/31

『まただれでも、この名誉は自分で得るのではなく、アロンのように神に召されて受けるのです。』 へブル 5:4

大祭司になるということは人間の側の要因によるものでなく、神の召し、選び、任命による ことです。

このことはイエスキリストが大祭司になられたことにおいても同じです。神によって召され、 任命を受けているのです。

大祭司になるということは最も名誉あることであるわけです。そのため誰にでもなれることでは ないということでレビ族が選ばれ、その中でもアロンの家系の者が選ばれ、そして選ばれた祭司の 中から一年にたった一人が大祭司という名誉ある立場に立てるわけです。

このことはイエスキリストが大祭司になられることにおいても名誉ある立場と任務の大事さと は変わらないのですが、キリストが大祭司になられることと、アロンの家系の者が大祭司になる こととは、大変な違いがあるのです。まず、キリストが大祭司になるためには、神であられる方が 人とならなければならなかったということです。

次にアロンの家系の大祭司は動物の血を注いだのですが、キリストはご自分の血を注ぐという ことです。それでないと人間の罪の完全な贖いは全うされないからです。そうなれば人間の罪から 救いの道は永遠に開かれない、そればかりか裁きによる永遠の滅びしかないのです。 ですから人間の救いのためには罪のないキリストの贖いが不可欠なのです。


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