み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
主のために (Iヨハネ3:1,2,16)


 Date:1997/12/07

『キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それ によって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは兄弟のために、いの ちを捨てるべきです。』                Iヨハネ 3:16

今日は聖別礼拝です。1人1人主に応答して頂く日です。

今日私たちが考えてみたいことは、主に何をもってお応えするのか、という ことです。

私たちは信仰を考える時、まず、自分は救われたい、助けられたい、恵みを 受けたい、ということに真剣になります。聖書もそれを大事なこととして勧め ています。求めなさい、と。しかし聖書は私たちにそれが全てであるとは言っ ていないのです。

私たちは、助けられ、恵みを受けることは、どんなにうれしいことか、量り 知れません。しかし、もしいつも受けるばかりであったとするなら、それは決 して健全ではありません。植物は水を与えられ、肥料が与えられるなら、成長 して花を咲かせ、実をみのらせます。幼い子供は親からミルクが与えられ愛が 注がれる時、必ずからだは成長し、こころは育ちます。

私たちが、救われるというのは、単に助けられてご利益を受けるというので はありません。私たちは救われてキリストの愛のうちに育つのです。育ったら 私たちには愛の応答が必ず生まれて参ります。私たちは受けたように与えるよ うになります。愛は新しい愛を生み出します。あなたは主から多く受けまし た。今度は主のために喜んで応答したいものです


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