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神の前に人が罪を犯した場合、そこに祭司が立って、犠牲の献げものを神の
前にする。それを通して罪が赦されていく。ですから祭司は大事な務めを担う
ので誰でもがなれるものでない。旧約聖書には神は特別にレビ族が選ばれたと
ある。
けれども、そのレビ族について、神は彼らに対して、祭司になることについ
て、誓いがなされたわけではない。それは命令によってなされたのである。
(出28:1)。
しかし、主(永遠の祭司でありメルキゼデクであるキリスト)に対しては神は
祭司の任命を誓いをもってなされた。(詩110:4)。
神が誓ってなされたということは、それは最早変わることのない永遠の保
証、最も確かな保証なのです。
22節にイエスはさらにすぐれた契約の保証となられたのです。とありま
す。
ここに初めて契約という言葉が現われます。これについては8章でふれられ
ることになるのですが、契約という言葉は聖書では非常に大事に使われていま
す。人間の契約はしばしば破棄されるものですが、神の契約は決して破棄され
ない。必ず成就するものだからです。キリストが大祭司となるという神の誓い
は何とすばらしい保証かを心に刻みたい。
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