|
当時、ピリピの町はローマ帝国の植民地でありました。町にはローマの市民権を
持つ人がいました。当時ローマの市民権を持つということが何を意味している
か、誰でも知っていました。人々は自分の全財産をはたいてでも欲しいものでし
た。しかし、そのローマの市民権も永遠のものではありません。今日ローマの市
民権を云々する人は1人もいません。
戦後間もない頃、ラジオでアメリカ便りという放送が行われていました。それを
聞いて私はどんなにアメリカという国に憧れたことでしょう。アメリカに住んで
国籍を持っている人をうらやましいと思っていました。しかし、そのアメリカも
今は危険な住みにくい国になっています。私たちが住んでいる地上、目に見える
世界は決して永遠でなく、真の平和、幸せをもたらすものではありません。
それに対して、「けれども、私たちの国籍は天にあります。」というのは、地上
の不完全さ、不安定なものに対して、イエス・キリストによって約束された天の
住まいは永遠であり、完全なもの、真の幸せを与えてくれるもの、ということな
のです。私たちの誰1人その天国を見た者はいません。しかし、イエス・キリス
トの言葉と死に臨んで平安に召されていった多くの主にある証人たちを通して、
天国をかい間見せられるのです。その時、思います。私たちもどうしても天国に
行かせていただきたいと。
|