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神さまがモーセに命じて、幕屋を造らせ、その中に聖所を設けさせた。その聖所
こそ神と人とが唯一交わることのできる場所であります。それは神が定められた
ものです。
神はそこに天より雲の柱をもって降りて来られ、モーセ、そして祭司と交わられ
た。
しかし、それは決して祭司たちが素手で、そのままの状態で神の前に出られたの
ではありません。必ず彼らは自分たちの罪を潔めなければ出られません。そのた
めに彼らは動物のいけにえによって罪を潔めてから、礼拝したのでした。
動物のいけにえによる罪の赦し、潔めなしには神との交わりは有り得ないことな
のですが、しかし、そのこと自体は、神と人との究極の目的ではありません。む
しろそれは、やがて行われようとしていることの象徴であります。
それはイエス・キリストが来てくださって、十字架にかけられ、死なれたことに
より、完全な神と人との交わり、和解が成立することなのです。
こうして、これまで旧約の律法による罪の潔めの行ない、いけにえによる赦しの
わざではどうしても成し得なかったことを完成してくださったのです。私たちは
旧約の厳しい律法、儀式による贖いのわざの不完全さの中に罪の大きさ、深さを
おぼえ、またイエス・キリストによる贖いのわざの完全さを見て、主を崇め讃美
したいものです。
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