み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
永遠の贖い (ヘブル9:11〜14)


 Date:1998/05/24

「しかしキリストは、すでに成就したすばらしい事がらの大祭司として来られ、 やぎと子牛との血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度、まことの 聖所にはいり、永遠の贖いを成し遂げられたのです。」ヘブル9:11〜12

キリストがご自分の血によって贖いをするということは、どのようなことを意味 しているのでしょうか。それは決して、ご自分の体を傷つけて血を流すというこ とではありません。ご自分を十字架の死に渡すということであります。

十字架の死とはどんな死でしょうか。それは罪に対する極刑の審きの死です。ま た、それはのろいの死を意味します。極刑の審き、何故キリストがそれを受けな ければならないのでしょうか。

キリストは誰に対してもこう言うことができました。「あなたがたのうち、だれ が、たった一つでもわたしの罪を指摘できますか。」(ヨハネ8:46リビン グ)

そのお方が弟子の裏切り、指導者たちのねたみ、群衆の浅はかな付和雷同の裏切 り、ピラトの実に勝手な自己本位などによってつくりあげられた死刑、それを1 00%うけて下さった。そしてあののろいの十字架刑で処刑されていった。

全く罪のない人(キリスト以外にいない)が罪人として極刑に処せられていく、 こんな理不尽なことは常識としてあり得ないことです。しかし、現にそれが起 こったことに大きな意味があります。ここに唯一の救いの道、祝福の道が備えら れたのです。


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