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「湖上での嵐」、この体験を通る迄の弟子達のイエス様への思惑はどんなであっ
ただろう。恐らく、人の心を見抜くことの出来る天才的宗教家、名説教者、愛の
人、超人的な癒し屋、この程度ではなかっただろうか。でも、まさか自然までコ
ントロール出来るお方とは思っていなかっただろう。
私達もまた、過去の体験から来る「傾向と対策」によって、神様の出来る事はこ
の位と、心の中で線をひいてしまってはいないだろうか。神様は私達のこのよう
な小さな信仰を押し広げる為に、私達の人生に嵐を起こされる。そして、その嵐
のまっただ中に主は介入して来られる。主の一喝によって、嵐が沈められた時、
弟子達は「恐怖に包まれた」とある。主の大いなる御業を目の当たりにして畏怖
の念を抱いたのである。
信仰生活において、勿論、聖書の知識も教理の学びも不可欠である。しかし、現
実の生活の中に生きて働く神を体験することなしに、私達の真の信仰の成長は有
り得ない。主は愛の御手をもって、私達を導いて下さり、私達により素晴らしい
恵みの業を見させる為に、今日も「向こう岸へ渡ろう」と声を掛けて下さるお方
である。
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