み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
真実な犠牲 (ヘブル10:1〜10 )


 Date:1998/07/26

「律法には,後に来るすばらしいものの影はあっても,その実物はないのですか ら,律法は,年ごとに絶えずささげられる同じいけにえによって神に近づいて来 る人々を,完全にすることができないのです。」       ヘブル10:1

旧約聖書に,神様はモーセを始め多くの預言者を通してイスラエルの民に語られ ました。 人々はその語られた言葉,律法に従って神の前にどのように生きたらよいのか, どうしたら罪は赦されるのか,どうしたら人の心は潔くされるのかを学び,行い, 励んだのでした。

その中でも,特に罪については最も重大なこととして取り扱われています。 皆さん私たち人間の生きていく上での悩みや問題は数え上げたら限りなくあるで しょう。

しかし,その数限りない問題の中で,最大の問題は,罪なのです。 私たちは,罪というと,あまり重大に考えない傾向があります.日本人は特にそ うだということも言えますが。それよりも,聖書を通して初めて私たちは罪と言 うことの重大性について目が開かれます。

ですからそれをしっかり考えることが大切なのです。私たちは日頃の生活をして いく時,罪はあまり意識しません。悩みや問題にぶつかった時,そんな時も普通 私たちは罪をあまり意識しません。

でも,聖書を見ていく時,私たちの生きて行く上のあらゆる問題は罪と関わって いるということが分かります。

罪の解決を真にできた時,私たちの人生のあらゆる問題への光を見出すことがで きるのです。律法の本体であるキリストはその罪に対する真の解決をして下さっ たのです。


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