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「ことさらに罪を犯し続ける」今日のところの大事な点はここにあります。
ここに言われていることは、私たちが人間として誰もが持っている、弱さとか、
罪を犯してしまう可能性といったことをふまえた上でのことであります。
主は私たちの持っている弱さ故の罪を犯す可能性に対して決して云々しているの
ではありません。「ことさらに」というところが問題点です。このところについ
て、別な訳では、故意に、となっています。また他の訳の中には、ことさらに救
い主を拒否して、となっています。
救い主を拒否してという表現は、意味として大事なことであります。
私たちはクリスチャンとなっても決して罪を犯さなくなってしまう、という状態
にはなり得ません。しかし同時に、だからと言って罪を犯すことが赦されたり、
当然であるということにはなりません。
ルターが言っているように私たちは罪人であり同時に義人であるのです。そして
私たちはどこまでも罪人でしかない、そんな罪深い者を義人として下さる。そこ
にこそキリストの偉大な犠牲の愛がある。それによって義とされているのであ
る。ですから私たちはどんなことがあっても罪を犯したくない、キリストの愛の
中に生かされている。だからことさらに罪を犯せるはずがないのです。
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