み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】
信仰とは (ヘブル11:1〜3 )


 Date:1998/09/13

「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです 。」ヘブル11:1

このヘブル11章1節は短かい文章ですが、訳は様々あります。新改訳では保 証と訳されていますが、口語、文語、新共同訳では確信と訳しています。新改 訳の脚注には実体とあります。同じ原語が1:3にあります。そこでは本質と 訳しています。

そして後半の、目にみえないものを確信させると訳されているところは、他の 訳では、確認する、または、まこととするとなっています。ここのところは信 仰の定義としてよくとりあげられるところです。

信仰とは、私たちにとっては、まだその実体にはあずかってはいないが、必ら ずあずかれると確信する。または私たちはその保証をいただいている。だから 不安はない。ということです。それを裏づけているものがイエス・キリストで あります。

また、後半は目に見えないものを確信させるとありますが、霊的なものは私た ちの目には見えません。しかし、その目に見えない霊的なものをあたかも見え るかのように確信させるのです。なぜならキリストが死んでよみがえって天に 昇られたからです。私たちはイエス・キリストが与えられて、すでにその実体 の何であるかを確信をもって告白できるのですが、旧約の人々はそれをはるか に見ながら、なお確信したということは私たちにも大きな励ましになります。 その信仰にならいたいものです。


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