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アブラハムが100才になった時、ようやく子供が与えられました。カルデヤのウル
を出て以来25年がたっていました。神さまは子孫の繁栄の祝福を与えると約束して
おられたにもかかわらず、25年子供が生まれませんでした。アブラハムにとって、
そのことはどんなに厳しい試練であったのかは、アブラハムの生涯を見る時よく分か
ります。
神さまはそれを分かっていながら、何故子供をさずけられなかったのでしょう。そこ
にアブラハムの信仰の訓練があったのです。しかし、時が来た時、神は応えておられ
るのです。しかもそれはアブラハム、サラにとっては全く人間的には考えられない年
になってです。そこに、神の意図がありました。
人間にとって不可能であるところで神は働かれる。そして人間は忍耐を学ばされる。
アブラハムについに子供が与えられました。ところが今度はその与えられた子供を犠
牲としてささげなさいと命じられたのです。人間的には信じられない命令です。しか
し、そこにも深い神の意図がありました。
アブラハムにとっての子供イサク、それは与えられ方があまりに特別なことであるの
で、アブラハムの偶像になりかねない。そこに神さまは鋭いメスを入れられたので
す。何とアブラハムはその試みに対して、イサクをささげる決心をしたのです。それ
はアブラハムのそれまでの信仰の結晶でした。
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