み言葉の黙想
池田博主任牧師 【宣教題】イエスは都のために泣かれた

 Date:1999/03/28

「エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣い て、言われた。『おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていた のなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。』」                          ルカ19:41〜42

キリストがこの地上に来られた最大の目的である十字架がいよいよ目の前に迫 って来ました。今日から受難週に入ります。キリストは十字架につけられるた めにエルサレムの都に向かいました。その都を目の前にして、泣かれました。 この時のキリストの涙の意味はどんなであったのでしょう。

まず、当時のイスラエルの指導者、宗教家たち、彼らは神からの使者であられ るキリストを受け入れ、人々との間に立って仕えるべき人々であったのですが、 逆にキリストを捕え、裁判にかけ、何と死刑の判決を下してしまったのです。 次に民衆ですが、この人たちはキリストから福音を聞いて喜んでいました。ま た多くの人たちは病いのいやし、奇蹟の恵みを戴いていたのです。ところが、 この人々も最後はキリストを十字架につけろと叫ぶ人々に変ってしまったので す。さらに裁判長のピラトも心変わりし、一番身近にいたはずの弟子たち、そ の中のユダの裏切りを筆頭に他の弟子も皆、キリストを見捨て、逃げてしまう。

そうした一連の出来事がこれから、都で起ころうとしている。私たちであった なら言うまでもなく逃げ出してしまいます。しかし、キリストはその恐るべき 火の中に飛び込んで行く覚悟を決めておられる。何故なら彼らはみな滅びてし まうからです。涙は滅びる者への痛みの涙です。


  掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての著作権は本郷台キリスト教会に帰属します。
Copyright (c) Hongodai Christ Church. No reproduction or republication without written permission.
ご意見・ご感想はこちらまで Mail to: hongodai@church.email.ne.jp