「わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。」 ヨハネ15:1
1ヶ月ほど前にシンガポールに行きましたが、そこにおいて木のありがたみを つくづく感じました。そこは赤道直下の国ですからなんといっても日差しが強 い。そんな強い日差しの中にあって木陰は非常に心地よい。木のおかげです。 木は私たちに様々な恩恵をもたらしてくれます。
まず目にとって良い。街中の風景でも、郊外の風景でもそこに木があるとほっ とします。木は私たちの存在の原点でも在ります。ご存知のようにアダムとエ バの物語も善悪の知識の木の傍らでの出来事でした。そこでの出来事以来、人 間はもう一本の木、いのちの木から遠ざけられて生きるようになりました。
上記のように語られたイエスさまは、実は、まことの「いのちの木」であるご 自身の傍らにくるようにと、そしてご自身につながるようにと、私たちを招い ておられます。