み言葉の黙想
池田登紀子副牧師 【宣教題】常識破りの愛

 Date:1999/05/02

「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」     ルカ15:20

主イエス様は大事な真理をよくたとえでお話しになられました。絵画の世界で も、しばしば主題となってきた、この「放蕩息子のたとえ」は最も人々に親し まれ、知られているお話だと思いますが、主イエス様はここで何を語られたの でしょうか。

「聞く耳のある者は聞きなさい。」(マルコ4:23)の主のみ声が読むたび に心にせまり、語り手であられる主のみこころを分からせて下さいと願わされ るところです。

自分勝手な道を選び、遠い国で放蕩に身をもちくずした弟は、父のもとから失 われた者でした。後半に出て来る兄は、父の最も身近なところにいながら、父 の心が分からない、父の愛が伝わらない。この兄も又失われた者でした。

主イエス様は、この物語をいつ、だれに、なぜ語られたのかが、ルカ15:1 〜3に書かれていますが、その視点で見る時、このたとえの主人公は父であり 、父の愛を主イエスは強く語っておられるのだと思うのです。

弟も兄も、父の愛の招きの対象です。父(神)の愛とはどんなものなのでしょ うか。世間の常識では考えられない、常識破りの愛、それが神の愛です。あな たも私も、この神の不変の愛で愛されているのです。この父のもとに帰ろうで はありませんか。


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