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主は愛する者を、真に愛する故に懲らしめる。それはその人にとって益になることはあっても絶対に無駄になることはない。ですから弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい、と勧めています。これらの霊的な訓練を通して私たちは心と体においていやされ、強められるのです。
次にその私たちに対する勧めは平和を追い求めなさい、ということと聖さを求めることです。平和、それは私たちに基本的に大事なことです。人と人との平和、人と神との平和、イエス様は平和をつくる者は幸いです。(マタイ5:9)と言われました。平
和は誰もが願い、幸せになる大事な条件です。しかし現実の私たちは平和を壊す者であってもつくる者ではありません。そして平和はほっておいて自然に出来るものではありません。必ずつくり出されなければなりません。それでは誰がその平和をつくれるでしょう。それはイエスキリスト以外いません。
「キリストこそ私たちの平和です。」(エペソ2:14)とあるように、キリストが十字架を通してつくり出して下さったこの平和を私たち1人1人のものとしたいのです。そして聖さを求めなさい、とあります。わたしたちは皆、汚れているもので、聖さとは
正反対にいるものです。そんな私たちに聖さがあるとするなら、それはたった1つイエスキリストの血による聖めだけがあるのみです。(Iヨハネ1:7)その聖さにあずかりましょう。
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