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人の存在の最大の目的は何かについて考えさせられた事があります。
「このわたしが地を造り、その上に人間を創造した。」とおっしゃる主なる神は、その創造の目的を明確に述べておられる。(イザヤ45:12, 43:7) 先日ある姉妹の祈りの中で「主よ私達はあなたを礼拝するために存在しています…」という祈りが献げられた時、襟を正させられました。礼拝をそのように位置づけておられるその姿勢から、私達の創造された目的を再認識させられた、うるおいの時でした。 確かな目的をもって造られた私と創造主との関係、その視点から今日のみことばを黙想する時、「あなたはわたしをだれと言うのか。」との私自身への主イエスの間いは、具体的な生活の中で、"私はキリストを誰としているのか!"という深い意味をもって迫ってきます。 ぺテロは主の間いに「あなたは生ける神の子数い主です。」と答えました。 主イエスは今日、私にもお問いになられます。「わたしをあなたは誰というのか」と。 「主よ、あなたは私に救いをもたらして下さった、生ける救い主です」と、まずお答えする時、そこから主は、私達のすべてとなって下さいます。現実の生活の中で体験的に、あなたは今、主イエスを誰だと言われますか。 そして、「あなたにとってキリストとは誰?」と人に問われた時、何とお答えになられますか。
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