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善を行なうことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。とあります。まずここから目にとめたいことは、キリスト教は行ないの宗教では決してないということです。行ないの宗教とは、人は行ないによって救われる。義と認められるとすることです。
私たちは、そして多くの宗教は行ないの宗教になりがちです。即ち、よい行ないをすることで救われるとすること、また善行に励むことで罪ほろぼしが出来ると考えてそれを熱心にする。ということです。
聖書にははっきりこう言われています。「人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるのです。」(ローマ3:28)
ですから、善を行なうこと、また持ち物を人に分けることは決して、私たちの救いにかかわることではありません。ここで勧められていることは、感謝のいけにえ、としてそれをしなさいということです。感謝のいけにえとは、私たちは、主イエスキリストが、こんな罪深い者のためにご自身を差し出して、罪のためのいけにえとなって下さった。そのため私たちはただ信じるだけで救われる恵みを頂いたのです。その恵みはどのように感謝しても、感謝しきれないものです。ですから、私たちはいつでもそのことを深く心にとめ、誰に対しても善を行ない、持ち物を人に分けることを喜んで出来る者となりたいものです。
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