お知らせ

礼拝通訳奉仕の奇跡

私が、礼拝メッセージの英語通訳の奉仕者の一人として続けさせていただいているのは、主の奇跡です。私はかつて、アメリカに短期間の語学留学をしたことがあり、それ以来、通訳の奉仕は心の中にある憧れとなりました。しかしその後、実現に至るほどの語学力に上げられることはなく、いまだにその力はありません。

そのような私に、数年前に突然、礼拝のメッセージを英語に訳す奉仕者のひとりとして、お誘いがありました。私は力がなくてできない者であるけれども、このお誘いは、主が私の心にあるその思いをずっと覚えておられて、主から来たのだ、とわかりました。しかし、もちろん同時通訳などはできませんので、前日にメッセージ原稿をいただき、四苦八苦しながらも、祈りつつ訳して備えることとなりました。ただ現実は、毎回、明日までに訳しきれるのか、また、果たして私がちゃんと明日できるのか、という焦りが湧いてきます。そして、いつも同じ祈りに導かれます。

「主よ、私の訳ではなく、先生のメッセージに流れるご聖霊が、私の拙い訳を超えて、リスナーの信仰によって、リスナーに届きますように。主が、あがめられますように。」

通訳ブースの中は、特別な礼拝の場ともなります。訳しながらも、主と交わり、主に聴いています。毎回なんとか奉仕を終え、その度に今回も奇跡だったと感じ、主をあがめます。この奇跡は、毎週交替で入っている礼拝メッセージ英語通訳奉仕者チームの仲間が、互いに祈り合っていて、一人だけで奉仕しているようで、実は一つのチームで奉仕させていただいているからなのです。「私は今ひとりじゃない」と、いつも通訳ブースの中で感じています。

神さまの恵みと、リスナーの信仰と、チームの互いの祈りやとりなしの祈りに支えられて、仲間の皆さまと奉仕させていただけることに、主をたたえ感謝しています。

このご奉仕に関心のある方は、どうぞお仲間に加わってください。歓迎いたします。

(教会員 M.H.)

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