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2023年3月19日 神の刻む時の中に生きる

2023年3月19日 神の刻む時の中に生きる
コリント人への手紙 第二 3章17〜18節 月井 博 牧師

単なる時間の流れのなかに生きることと、神が、私たち一人ひとりの人生において刻んでおられる「神の時」の中に生きることとは訳が違います。もちろん、後者の側に生きてこそ、あなたは充実した人生を生きることができます。私たちの人生の中には、予想していなかった出来事とか、こんな風にはなりたくはなかったと思うような状況の中に生きざるを得ないことも起こります。でもそのような時こそ、むしろ神様が私たちの人生において 私たちに働きかけておられる時なのです。

今日はそのことを一人の女性の生涯を通して見てみたいと思います。その女性の名は井深八重です。

1. 日本のマザーテレサとも言われる女性、井深八重の生涯

その生まれ

この方はソニーという会社の創業者の一人、井深大さんの遠い親戚にあたります。彼女は明治40年の生まれで、七歳のときに両親が離婚し、その後お父さんは再婚されましたが家を留守にすることが多く、お父さんのお兄さん、つまり叔父の家に預けられて成長しました。京都の同志社女子大学を卒業して長崎の県立高校に英語の教師として赴任しました。

先生1年目

先生として働き始めて一年後のある日、彼女の腕に吹き出物のような斑点が現れて、同時に彼女は体調を崩してしまいました。福岡にある大学病院に、検査を受けるために訪れましたが、その教授が留守であったため、たまたま若い医師に診てもらいました。その場で、検査の結果については、何も告げられることがなく、代わりにすぐに隔離されて、叔父の井深梶之助夫婦が呼ばれた。  

神山療養所へ

病名を告げられないまま、八重は叔父夫婦に連れられて、静岡県御殿場市にあった、神山復生療養所に連れて行かれました。そこに到着して初めて、この病がハンセン病つまり、らい病であることを告げられたのです。時に22歳で、縁談の話もあった八重は、地獄に突き落とされた気持ちがしました。当時のハンセン病患者は、家族や親戚から全て縁を切られて、あたかもその存在がまるでなかったかのような立場に置かれてしまうのでした。

地獄が天国へ

しかし彼女は、そこで 天国を体験したのです。そこに住んでいたハンセン病患者たちは、かつては世を呪い、親兄弟たちを憎み、神や仏さえ恨みつつこの病院の門をくぐって、この療養所に入ってきました。しかし入ってきた患者たちは、経済的な困難の中にありながらも、その療養所を経営していたフランス人神父、レゼー神父の愛に包まれたのです。八重は、らいの患者たちが、そのレゼー神父の「熱い愛の翼」にかばわれて、神を信じ、死後の、より良き命の確信を得て、朗らかに、喜々として、平安な生活を送り、互いに愛し合っている、その姿を、身をもって体験したのです。そこに八重は、天国を見たのです。その場所で、自分も信仰を得た八重は考えました、何の取り柄もない自分ではあっても、何かできることをして、全ての日本人に代わって、この大きな恩に答えなければならない、と。それで、彼女はこのレゼー神父に仕えて生きることにしたのです。

ルシアン・ドルワール・ド・レゼーLucien Drouart de Lézey)

誤診と分かる

八重がこのように、この神山療養所にレゼー神父の、いわば右腕となって仕えるようになって3年ほどしたとき、あまり病状の進展が見られない八重に対して、レゼー神父は、東京の皮膚科の権威のもとに行ってもう1度診察してもらうように勧めました。そして、東京での一週間にわたる精密検査の結果、八重のハンセン病は誤診であることがわかりました。レゼー神父は彼女に、誤診であることが判明したのだから、ここを出て自由に生きていきなさい、と勧めました。また、もしそうすることが難しければ、フランスに行って勉強する道も、提案してくれました。

八重の決断>

しかしその時までに、八重の心には一つの思いがわき上がっていました。それは、わざわざフランスから日本にまで来て、しかも人々からいみ嫌われ、同胞の日本人ですら手を差し伸べようとしなかったハンセン病の人たちのために、命をかけて仕えているレゼー神父を残して、「ここを出ることはできない」という思いでした。そして八重は申し出ました。「もし許されるならば、ここにとどまって働きたい 」と。レゼー神父もまた、その希望を、祝福と共に受け入れました。そのようにして、彼女はその後の生涯をハンセン病患者の救済に捧げました。やがて、その八重の働きは、日本における福祉活動の草分けとなっていきますが、国際的にも高く評価され、1959年には教皇ヨハネ23世より聖十字勲章を、1961年には赤十字国際委員会よりナイチンゲール記章を、日本人として初めて受章するようになります。

彼女が地獄を見たと思ったとき、そこには聖霊の風が吹いていました。私たちが神の愛が働いている場所、また神の御言葉が語られる場所に身を置くとき、その時は、神ご自身が、私たちに直接的に働きかけておられる時、「神の訪れの時」でもあるのです。是非ともそのような時に 神に応答しつつ、生きていきたいものです その時に、私たちは単なる時間の流れに生きる者から、神と共に時を刻みつつ、神ご自身が自分の内側に創造的に働き、また私たちも、自分の人生が周りの人々に対して創造的に、また解放的に、人々の関係を回復させ、その心を癒す者として神によって用いられる、時間の流れの中に生きるようになるのです。

2. 不登校だった生徒たちが、スクールに来るようになる

私たちが生きる人生において、悲しみや試練は避けられないものです。しかし、その悲しみや試練を通して、やがてその人が神の方に向き、その悲しみにもかかわらず、なおも、多く与えられている神の恵みに、その心を開くようになるきっかけとなるのであれば、悲しみはその人を新しく脱皮させます。まず私たちが、その恩恵を体験した上で、悲しんでいる人のそばに行く時、その方と共に悲しみ、共に祈る中から、主が、その方を深く慰め、その人をも、新しい世界へと脱皮させてくださいます。

のあインターナショナルスクールは、不登校になってしまった一人の女の子の祈りの中から始まりました。ですから、このスクールは、そのように不登校になった生徒たちや若者たちに仕えることを使命としています。でも、そこで目にすることは感動的です。そこに集ってきた一人ひとりに、神の業が起こっていくのです。素晴らしいことが、次から次へと起きていきます。この場所は、ただ単に不登校生がケアされる場所でなく、彼らが、神と出会う場所になっています。一人ひとりが、神のいのちを得て、生き生きとしてきます。八重がちょうど、人生で最悪、と思われた日に、神の愛を体験し、神と出会ったのと同じように、です。

このスクールに来て元気を取り戻し、やがて羽ばたいていった 若者たちの中には、ある子供は、このスクールと接点を持つ時までは、家の中にいて引きこもっていただけでなく、さらに奥の、押入れに閉じこもっていました。どんな学校からも、受け入れを拒否されていた子もいました。でもその子は、今、スクールカウンセラーとして働いています。

私たちは、二種類の時間の流れのなかに生きることができます。一つは、この世の、単なる時間の流れの中に自分の身を置いて生きることです。しかしあなたの人生に、違う時間の流れが存在しているのを知っていますか。それは神が、あなたを新しく再創造しようとして、あなたに働かれている時間の流れです。あなたが生まれた時からいろいろな場面を通して、神ご自身があなたに語りかけようとしておられます。

どうぞの神の語りかけを、働きかけを、キャッチして生きてください 。その、神が自分に働きかけて、自分のために創造してくださっている時間の中に生きると、そこには神ご自身からの語りかけがあり、また私たちの、その語りかけに対する応答があります。その、いわば、神が自分のために刻んでくださっている時間の中に生きる時、一瞬一瞬が、一日一日が感動的なものになります。神はその時間の流れを通して、日々、私たちを新しく創造をしてくださろうとしておられるのです。み言葉にはこのようにあります。

主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
コリント人への手紙第二 3章 17〜18節

皆さん、この、神が、私という自分を形作ろうとしておられる時間の流れの中に、生きてみてください。毎日が感動です。その、時間の流れの中で自分の過去を振り返ると、また、感謝が溢れてきます。それは神が、一瞬一瞬、あなたの人生の中において、働いてくださっていることに気づくからです。  

3. 神の訪れの時

主イエスがイスラエル人たちに、神の業を現し、神の言葉を語っていた時に、実は彼らは、「神の訪れの時」を迎えていたのです。しかし彼らはそれを、自分の世界の論理によって、心を開いて受け入れることなく、拒絶しました。主イエスは彼らにこのように語りかけられました。

そしておまえと、中にいるおまえの子どもたちを地にたたきつける。彼らはおまえの中で、一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかない。それは、神の訪れの時を、おまえが知らなかったからだ。
ルカの福音書 19章 44節

そうです、まさに主イエスが語られ、行動された時こそ、神ご自身が人類の歴史の中に介入してきてくださった時だったのです。この方こそ、私たち人類の歴史の中に、大きな変革をもたらした方です。私たち人類の歴史を、キリスト以前とキリスト以後に分けたのですから。そして、私たち一人ひとりの人生においても、私たちの人生を大きく変革して下さり、私たちの人生も、キリストとの出会い以前とキリストとの出会い以後に分けるのです。主は私たちの人生を、本当に意味のある人生としてくださる方なのです。

ユダヤ人たちは愛を持って語ってくださり、数々の、しるしとしての奇跡をなされた主イエスを拒んで、むしろ十字架に付けることを選び取りました。彼らは結果として、自分たちの最愛の場所として、尊んでいたエルサレムという町そのものを失いました。神は私たちの人生において、何度か訪れてくださいます。その訪れの時を無駄にしないでください。あなたに語りかけてくださる神に、その語りかけをキャッチして応答できる者となりたいと思います。のあインターナショナルスクールに通っている子供達、若者達は、主に応答する中から、神の業を体験しています。そして、神と共に時をかけるものになっています。神と共に時をかけるとは、神とのやり取りや応答の中に生きていくということです。あなたも、そんな時間の流れの中に生きてみませんか。

神のみことばが語られる場所、神の愛が働く場所にあなたが身を置くときが、私たちの 人生においてあります。それ時が、あなたの人生における「神の訪れの時」でもあるのです。

4. スクールに今、聖霊の風が吹いている

一昨年から今年にかけて、のあインターナショナルスクールの生徒達が次々と洗礼を受けています。先週も洗礼式がありましたが、その吉川はるむ君もスクールの生徒です。その前は 我が家のノエル 、その前の月は、榎本巧くんでした。スクールに見学に加わってきた子供達も、次々とスクールの仲間になっています。そこから親たちの間にも、救われ、洗礼を受ける人たちが起こされています。

⇒昨年末のクリスマスマーケットにおいては、のあインターナショナルスクールの生徒たちが多くのブーツというか、店舗で活躍していました。それらの店舗の一つに、過去2年間ずっと、学校に通ってなかった、今は中学生になった、男の子が訪れました。応対したスクールの男の子たちとの会話を通して 、1度、このスクールに行ってみよう、という気持ちになったようです。翌日、自転車で30分以上かかる距離を乗り越えて、彼はスクールにやってきました。以来、彼はこのスクールに通い続けています。今、このスクールには聖霊の風が吹いています。

このスクールの働きをぜひ応援してください。この働きのために祈ってください。スクールは今、大きな節目にあります。10×10の実現を来年に控えているこの年に、さらに大きな聖霊の風の流れとなっていくことが、期待されます。今、実は、そのスクールとっての、大きなチャンスが訪れています。その大切な祈りの課題について、この礼拝の後で、20分ほどで、短く説明させていただきます。今年から来年にかけてが、この教会にとって、神の、はっきりした、訪れの時です。関心のある方はぜひお残りください。お祈りします。

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