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3月 巻頭言「人生の転機」

毎日のみことば3月号巻頭言
主任牧師 池田恵賜

3月になりました。
日本で3月は卒業シーズン、別れ・旅立ちの季節です。人生の転機となる時期です。誰にでも人生の転機は訪れます。

私にとって大きな人生の転機の一つは、2015年の主任牧師交代のときです。今回はその辺りのことを振り返ってみたいと思います。

私が主任牧師を引き継ぐことを考えたとき、一つ引っかかる悩みがありました。
それは父である博先生が18年にわたって廃品回収をしてきたということです。信徒や関連団体のリーダーたちは実際にその姿を見て、「牧師先生がここまでして来られたのだから、私たちも頑張ろう」と仕えてこられたのでした。
一方、私は高校卒業直後アメリカの神学校に留学し、神学校を卒業してすぐに本郷台キリスト教会で牧師として仕えたので、社会で働いた経験がありません。廃品回収をしてきた博牧師に対する信徒の声を聞くたびに、こんな自分にみんなはついてきてくれるのか、自分が話すことにみんなは耳を傾けてくれるのか心配だったのです。
廃品回収ではなくても、何か人の役に立つ仕事をして、働きながら仕えた方が良いのではないかと思い悩んでいたのです。

そんなときに神様は私に「土台があるのに、その上にもう一度土台を作る人はいない。土台の上には家を建てなければいけない。わたしはあなたに『あなたのなすべきこと』を示す」と語ってくださり、そのままの状態で主任牧師として立つことを決断したのでした。

決断のとき、私は一つの出来事を思い出しました。
それはJ+パッションという、現在も続いている超教派の集会の実行委員会での出来事でした。この集会は若手を育てるということから、45才以上の牧師は実行委員会から引退するという決まりがありました。ですので、私が実行委員として関わっていたのはまだ30代の頃でした。

ある日の集会の舞台裏の待合室で、偶然そこに居合わせた実行委員の先生方全員が牧師二世だと分かり、牧師家庭あるある話が始まりました。その中で一人の先生が、牧師二世には牧師二世の使命があるという話をしました。牧師二世は、○○先生の子どもということで小さいうちから様々な会合に出ることが許されます。全国的・世界的に神に用いられている先生にも、小さい頃から名前を覚えてもらい、祈ってもらったりしています。牧師二世が経験することは、そのような視点から見ると、とても大きな恵みであり、神様が与えてくださったその恵みを無駄に受けてはいけないという話になったのです。

その話を聞きながら私は確かにその通りだなと思い、新たに目が開かれたように感じました。それまでは「親の七光り」等言われると反発していたのですが、それからは「親の七光りでも、神様の栄光のために用いてください」と祈ることができるようになりました。自分の育ってきた環境も神様の御手の中にあり、神の栄光のために用いられると知って一歩踏み出したときでした。

そのときのことが何十年後の主任牧師交代の際に思い出されて、決断の一助となるとは思ってもみませんでした。神様は何気ない出来事の中にも、将来の転機となる事柄の備えをしていてくださるのだなと改めて感じています。

私たちは神とともに働く者として、あなたがたに勧めます。神の恵みを無駄に受けないようにしてください。 第二コリント6:1

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